古都ケロアン(チュニジア)

チュニス~ケロアン貯水池~シディ・サバブ霊廟~グランドモスク~メディナ

それまで無口だったガイドが「見えてきました。あれが貯水池です」と指差した。チュニジアの首都チュニスから車で2時間ほどたっていた。
8世紀に北アフリカで初めてイスラム都市として建設されたケロアンの入り口に着く。2010年、行ってみた。

預言者ムハンマドの友人の霊廟

どこが貯水池かよくわからなかったが「ここでチケットを買います」と、観光案内所のようなところへ。その屋上に上がって、丸い壁に囲まれたようなところが貯水池とわかった。
「アグラブ朝の貯水池」で9世紀に大小4つが作られた。日本なら平安時代。「かなり古いんだ」と感心しながら眺めたが、現在のものは約40年前に修復されて使われている。


世界遺産になっている城壁に囲まれた旧市街(メディナ)に入る前に「シディ・サハブ霊廟」に寄った。
イスラム教の聖者、アブ・ザマ・エル・ベラウィの霊廟で、「シディ」は聖人の称号、「サハブ」は友人の意味だというので、ムハンマドの友だったらしい。


7世紀に作られた霊廟以外の建物は17世紀に作られたといい「アンダルシア(スペイン)から職人を連れてきて作ったそうです」という外壁の装飾は見事。透かし彫りなども型を取ったのではなく、石膏を塗った後に彫ったものだという。


そして、なんといってもタイルの美しさ。聖地だったためか「寄進されたものも多く、名前が入っているものもある」という。

北アフリカに残る最古のモスク

メディナ(旧市街)に移動し「グランド・モスク」に入る。
この街は、7世紀に「マグレブ(アラブ化)」の一環でウクバ・イブン・ナーフィによって作られ、その際に北アフリカ最古のモスクとして建てられた。「シディ・ウクバ・モスク」とも呼ばれる。


ゲートをくぐると、白い大理石を敷き詰めた広い中庭にでる。「庭の中央に向かって傾斜していて水を集め、排水口から地下にためられるようになっています」(ガイド)という。
貯水池といい、やはり水の確保が街建設に最も重要だったのだろう。排水口はあまり大きくなかったが、ごみなどを自然と除去するようになっており、かなり精巧なつくりだ。
近くにある水のくみ出し口の周囲には水をロープで引き上げたときにできたと思われる磨り減った跡がいくつも残っていた。


礼拝堂は、内部にはイスラム教徒以外は入れないので、アーチ上の石柱が並ぶ回廊から中をのぞく。礼拝堂内にも石柱が林立している。
「柱は360本あり、1年を表している」という。柱の中には木で継ぎ足したものもある。「カルタゴなどいろいろなところから柱を持ってきたので高さがそろわず、合わせるために木をかませたようです」とガイド。柱頭のデザインもまちまちで、建材は再利用が多かったらしい。


礼拝堂内部は1人分ずつ区画された絨毯が敷かれ、厳かな雰囲気だ。柱にござが巻かれていたので聞くと「寄りかかったときに背中が冷たくならないように」と返ってきた。教徒思いの礼拝堂のようだ。


中庭に出てミナレットの方へ向かう途中、かつて使われていた日時計があった。アラビア文字で書かれているので仕組みはよくわからなかったが、こうしたものまで備える高い技術力があったようだ。


そびえるミナレットは高さ30㍍を超える。土台ができたのが8世紀で、イスラム世界全体でももっとも古いという。少しずつ高くして、いまの高さになった。

水の確保を第一にする街

チュニス門からメディナに入り直して、スーク(市場)へ。道の両側に小さな店が軒を連ねるが、チュニスのスークと違ってそんなに路地が入り組んでいる感じはしなかった。


途中でガイドが「ラクダがいます」と建物の2階に案内してくれた。ラクダが部屋の中をぐるぐる回っていた。7世紀に掘られた井戸「ビル・バルータ」といい、300年前にラクダを使ってポンプで水をくみ上げる方式になったそう。今に受け継がれている。これもまた「水」にまつわる施設だった。

1988年登録

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