アラブ・ノルマン様式のパレルモと、チェファル、モンレアーレの大聖堂(イタリア)

パレルモ港~マクエダ通り~モンレアーレ~大聖堂

世界遺産に登録されたばかりの、きらびやかなモザイクで飾られた大聖堂がシチリア島(Sicilia)にある。2017年、行ってみた。
早朝、ナポリから船でパレルモ(Palermo)の港に着いた。初めてシチリア島に上陸。筆者のようなアラ還世代だと、映画などで知っているシチリアは「マフィア」発祥の地。「いまは昔のような暴力的なことはありません」とガイドはいう。今回はマフィアに会いに来た訳ではないが、怖いイメージはある。

世界遺産が並ぶメーンストリート

上ってきたばかりの朝日がまぶしい中で、まずパレルモの街中に。「マッシモ劇場」で下りた。欧州最大で最も権威のある劇場の1つだという。世界遺産登録はされていないが、豪華な劇場だ。オペラの殿堂なのだという。


午前7時過ぎ、まだ人々があまり動き出していない市街を、バスで走る。マッシモ劇場の前にあるメーンストリートのマクエダ通りに入る。ヴィットリオ・エマヌエーレ大通りとの大きな交差点は「クアットロ・カンティ」(Quattro Canti)といい、四つ角は彫刻で飾られ、周囲の建物も古めかしい。

4つの角に彫刻があるクアットロ・カンティ

そのからすぐ、大きな広場(プレトリア広場)の前を通る。囲んでいる建物群は、正面が「セント・カテリーナ教会」、左が「セナトーリオ宮」で今は市庁舎になっている。

プレトリア広場

時間が早すぎて車窓から見ただけなので、詳細はわからなかったのが残念。次に世界遺産の「サン・ジョバンニ・デリ・エレミーティ教会」の赤いドームが見えてくる。
12世紀前半に造られたといい「ノルマン様式」を取り入れた建物だったというが、19世紀にアラブ風に改築されたそうだ。


この通りには世界遺産登録の建物が並んでいるので、時間が合う人は歩いてみるのがいいだろう。「モンレアーレ」にいくツアーに参加したので、パレルモ市街はさっと見ていくだけで時間配分や行く場所が限られてしまうのが残念だが、楽しみは先にある。

支配者が次々と変わった大いなる港

「ノルマン王宮」(Palazzo dei Nornanni)の裏手でバスを降りた。まだ開館時間ではなかったので、これも建物の外観を裏側から見るだけだったが、意外なことも。
いくつもの建物が寄せ集まっている。シチリア島でアラブ最盛期だった9世紀ごろに建築が始まり、11世紀にノルマン宮廷に。16世紀に改修されている。これまで何度も増改築を繰り返しているため、色の違う建物は時代も違うといい「一番古い建物は左から2番目のクリーム色の建物です」とガイドが指さした。

ノルマン王宮裏手

いまはシチリア州議会に使われているという。この王宮2階に「パラティーナ礼拝堂」という12世紀に造られたノルマン芸術の代表的な建物がある。見られなかったので詳細は他に譲るが、美しいモザイクに飾られているという。
バスでまた市街を走る。途中、15世紀に建てられた「ポルタ・ヌオーヴァ」という門をくぐる。凱旋門のような形で、柱に彫られた彫刻は「来るな、というポーズをしています」(ガイド)という。


門を通過すると、すぐ「カテドラーレ(大聖堂)」(Cattedrale)が見える。こちらも、ファサードの一部を見られた。1184年に建てられ、何度も改築されてきた。見えたファサードは14~15世紀に造られた。ここは早朝でも開いているのだろうが…。


簡単にパレルモのことを。紀元前8世紀にカルタゴが軍事基地とし、紀元前3世紀にローマ軍の攻撃で陥落。次に831年にアラブ人が入ってきて支配した。11世紀にフランスのノルマンディー公国に起源をもつノルマン王国がアラブ人を追い出し、12世紀までノルマン王国の首都として繁栄したのが、今回の世界遺産の時代になる。パレルモはギリシャ語で「大いなる港、万能の港」パナルモスから来ているという。
さて、街中を通り過ぎるのが惜しいのだが、ガイドは「パラティーナ礼拝堂とカテドラーレを合わせたような大聖堂にこれから行きます」という。

シチリア島のシンブルマークは

パレルモ市街から30分ほど、いよいよ「モンレアーレ」に着く。パレルモ市街を一望できる丘の上にある。シチリアに残るノルマン芸術の最高峰とたたえられる「モンレアーレの大聖堂」(Duomo di Monreale)が建っている。

モンレアーレからパレルモ市街を一望

向かう道には土産店などが並んでいるが、奇妙な絵や看板、土産物がある。顔の周りに膝を曲げた3本の足が出ている。
ガイドに聞くと「トリナクリア(Trinacria)というシチリアのシンボルマークです。シチリア島の形で3つの岬を表し、顔はメデゥーサです」ということだ。ギリシャ語で3本の足という意味だという。
確かにシチリア島は大まかに三角形をしている。後で調べたら諸説あるそうだが、シチリアのシンボルであることには変わりないようだ。


大聖堂というからさぞ大きな建物だと思ったが、路地を抜けると広場の向こうに大聖堂が建っている。建物自体はファサードしか見ていないがパレルモのカテドラーレの方が大きかったなあと思いながら広場に入る。中身なのだろう。
高さの違う四角い塔が両サイドに立ち、正面上部のファサードにアラブ様式のアーチになっている。

王が大司教に対抗した

入場すると、建物に入る前の廊下に銅像が建っている。1172年にこの大聖堂を建てたノルマン王のグリエルモ2世が大聖堂を神にささげている像だった。廊下の反対側には聖母像がある。
ラテン語の「モンレアール」(王の山)が語源で、当時パレルモのカテドラーレにいる大司教の力が強かったため「大司教の鼻をへし折るために、カテドラーレを見下ろす丘に大聖堂を建てた」(ガイド)のだという。


中に入ると、さすがにため息が出た。金色のモザイク画が壁一面に施されている。まばゆいばかり、というのはこういうことをいうのだろうか。シチリアのノルマン芸術の最高峰といわれるだけのことはある。


一番目を引くのは、やはり正面(後陣)中央にある「全能のキリスト」というモザイク画。これは大きい。


キリスト像の下には聖母を中心に、聖人や使徒、天使などが描かれている。


キリストのモザイクの左側には「グリエルモ2世の戴冠」というモザイクがある。キリストから直接王冠を授かっている。下の椅子は玉座なのだろうか。

サッカー場1つ分、世界一の面積のモザイク

グリエルモ2世は夢に聖母が出てきて「宝物を探しなさい」というお告げを受けて、この地に大聖堂を建てることにしたという。聖母像も豪華な装飾で囲まれている。


周りの壁にびっしりのモザイクの題材は、身廊と左右の翼廊を含め3段になっており、主に上段は旧約聖書、中段は新約聖書、下段はキリストの生涯やノルマン王の出来事などになっているそうだ。


身廊、翼廊は、高さ約40㍍、長さ約120㍍あるという。そこがびっしりと主に金色のモザイクで埋められている。「モザイクの総面積は6340平方㍍になります。ベネチアのサンマルコ寺院より大きくて世界一です」という。


モザイクは通常、色のついた石を小さく割って貼っていくが、金色のモザイクは「1㌢四方のガラスに金箔を貼ってモザイクにしています」(ガイド)という。


サッカー場ぐらいの広さに、1㌢四方のガラス片を絵にしながら置いていく作業は相当苦労したと思える。200人の職人が7年ほどで完成させたというから、かなり急ピッチだったようだが、出来栄えが素晴らしい。

文字を読めない人に聖書を教えた

聖書に詳しいとは言えないが、知っているようなところはある。旧約聖書の「ノアの箱舟」の場面は見つけた。

ノアの箱舟の場面もモザイク。動物を箱舟から下ろしている

多分、口を開けて見上げていたのだろうが、分かる場面もある。アダムとイヴの場面もあった。

上段にアダムとイヴの場面

「このモザイクは、当時文字を読めなかった人でもわかるように造ったといわれています」というだけあって、たぶんキリスト教徒なら全部理解できるのだろう。「最後の晩餐」らしいモザイクもある。
世界中には、さまざまな宗教を民衆に広めるために「絵で見せる」ものがたくさんあるが、これだけ金を使った豪華なのはそうそうないだろう。


柱はトルコの遺跡から運んできたという。なので柱頭の装飾はさまざま。床の大理石もトルコのコンスタンチノープル(現イスタンブール)から持ってきた。

大聖堂の床もモザイクに

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