ウム・アル=ラサス(ヨルダン)

死海~ネボ山~マダバ~ウム・アル=ラサス

「死海(Dead Sea)」はいま、死にかけているそうだ。ヨルダンとイスラエルに接した塩湖で海抜マイナス430メートル。工業用水などに使われて年々1メートル程度湖面が後退し「もうすぐ干上がってしまうかもしれない」とガイドは嘆いていた。湖岸線は20年ほどでかなり後退している。

塩分濃度は海水の10倍の30%と高いので、人間の体は浮かんで本も読める。体の浮かせ方にはコツがあって、いったんしゃがむように胸ぐらいまで水に入った後にゆっくり体を伸ばしていく。「絶対に泳がないでください。水を飲んだら死にます」と言われて、慎重に浮かんできた。

死海のほとりのホテルから、モーゼの墓所とされる「ネボ山(Mount Nebo)」や、死海を含むこの地域の地図を描いたローマ時代のモザイクで有名な「聖ジョージ教会」があるマダバ(Madaba)を経由して向かったのが、ローマ時代の都市遺跡「ウム・アル=ラサス(Um er-Rasas)」。2018年、行ってみた。

ネボ山

聖ジョージ教会の死海のモザイク

ローマの軍事基地が発祥の古代都市

行った4年前に世界遺産に登録され、観光地として整備しようとしているのか、入口には土産店やレストランなどが入るのであろう真新しいビジターセンターがあったが、営業していたのは土産店1軒で、他はまだ開店準備をしていた。もう出来上がっているかもしれない。

遺跡に入ると、目の前には大きな石がごろごろと転がっている都市遺跡が広がっている。

この遺跡は、ガイドによると3世紀のローマ時代から9世紀のイスラム時代の遺跡。元々はローマ軍の駐留地(基地)だった。このあたりはほぼ平坦で四方が見渡せる。敵がどこから来るのかはすぐにわかるだろうが、防衛という意味ではこんな平坦なところでよかったのだろうか、という気がする。

遺跡には観光用に道がしっかりつけられている。道の両側は建物の壁らしい石積みが残っているところもあるが、ほとんどは崩れた状態になっている。

目を引くのは、よく倒れずに残っていると感心したアーチ状の石組み。通りにかかっていたのか、家に入る玄関だったのか。最盛期はアーチがたくさんあるきれいな街だったのだろうと想像させる。

街並みを表現したモザイク群

「ここから、ヨルダンで最大のモザイクが発見されています」とガイド。「聖ステファノ教会」という建物の跡にある。雨や日差しを避ける屋根がかけられていた。

壁もほとんどなくなっていて、建物の原型をとどめていないが、モザイクが描かれている床だけがきれいに残っている。入口にあった看板によると、785年とあったので、8世紀ごろの教会跡だ。

「モザイクは、古代のヨルダンからパレスチナ、エルサレムなど12の街の様子が描かれています」とガイド。よく見ると、建物や柱(神殿?)などが描かれて、たぶん街の名前なのだろう、文字もある。

ウム・アル=ラサスには教会が4つ発掘されている。聖ステファノ教会は1986年に発掘され、ほぼ完全な形でモザイクが残されていた。巡礼者にその時に栄えていた街の紹介をしている感じだった。

そのほかにも、ブドウなどの草木や人物、動物、魚などのモザイクも。街のモザイクの近くにあるものは、その街の特産品だったのだろうか。

後世の人たちが遺跡に住み着いていた

ビジターセンターに向かって別の道を戻る。道の左右はまたがれきの山だ。その中にも、時折、原形が想像できるような建物跡もある。

 

また、井戸の跡だと思われるような穴も開いている。軍事基地であれば、特に籠城戦に備えて水源が大事だったのだろう。

「建物の跡にはごみが散らかっているところもあったそうです。街が捨てられてからも、ここに住んでいた人たちがいたと考えられています」とガイド。昔から何かの遺跡というのは分かっていたのだろう。確かに屋根さえかければ住めるような建物の跡もある。

行った時は発掘作業をしていなかった。世界遺産に登録されて、発掘が進むのだろうか。ガイドによると、まだ見つかっていない遺跡がたくさんあると言われているそうだ。

(2014年登録)

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