古都メクネス(モロッコ)

ラバト~メクネス~旧市街

サハラ砂漠の国に、ワインのおいしい古都があるという。モロッコ王国の首都にもなっていた街に2014年、行ってみた。

モロッコの首都ラバトからバスで3時間弱。観光バスの乗降場で降りると、目の前をふさぐように高い城壁がめぐらされている。メクネスの旧市街はこの中にある。

イスラムらしい、モザイクなどで装飾された立派な門。「マンスール門」にまず迎えられる。

壮麗な門から城壁内に旧市街へ

14世紀に作られた、モロッコでも一、二を争う壮麗な門だという。「ローマ時代の柱が6本、残っています。左右の下の方にある3本ずつで、イタリアの大理石なので白いです」とガイド。1732年に完成後はほとんど改修されずの残っているそうだ。

曇り空だったので、白さで区別できなかったが。さすがにモザイクやアラベスク模様は精緻だ。「すべてハンドメイド」という彫刻とモザイクが一体になった壁の模様にしばし見とれる。いまは少しくすんだ緑や青だが、出来上がった当初は相当美しかったと想像できる。

マンスール門を通り過ぎてから、城壁をくぐると、広場になっている。「ララ・アウダ広場」で駐車場にもなっている。少し違和感があるが、今も旧市街には多くの人が商売をしたり、住んでいるのだから仕方がない。

広場から、りっぱな城壁越しに「グラン・モスク(大モスク)」の塔が見える。城壁は2重、3重になっており「全部で40キロあります」(ガイド)という。ララ・アウダ広場を横切って行くと、旧市街メディナに入る入口がある。

仏ヴェルサイユを模した街づくり

さすが、イスラム都市の旧市街。そこから狭い路地が続く。メディナらしい風景だ。迷宮都市フェズよりは広めの路地でそんなに入り組んではいないが、人通りは多く、活気がある。

メクネスは10世紀ごろにカスバ(城塞都市)が造られたのが始まりだという。最盛期は17世紀ごろ。アラウィー朝のムーレイ・イスマイル王の時代だったという。

イスマイル王は、ヴェルサイユ宮殿を造ったフランスのルイ14世にならい、イスラム建築と融合させた街づくりをしたという。今も残る城壁や門、モスクなどもそのころに建設された。街を全部見たわけではなく、ヴェルサイユにはまだ行ったことがないのだが「モロッコのヴェルサイユ」と呼ばれているにしてはイスラムの古都という感じだった。

メディナを少し散策してから、またララ・アウダ広場に戻る。城壁に沿ってマンスール門の方へ歩き、マンスール門とは反対の側の門から出るとまた広場にでる。

ここは、ムーレイ・イスマイルの接見の建物だった「クベット・エル・キャティン」やその地下にある「キリスト教徒の地下牢」、城壁の向こうにはイスマイル王が眠る「ムーレイ・イスマイル廟」などに囲まれている。

(ムーレイイスマイル廟)

広場に面した「ムーレイ・イスマイル門」。門の先には「リフ門(風の門)」。ここから伸びるまっすぐな道は「風の道」。両側を城壁に挟まれた狭い道で、名前の通り、風が吹き抜けるのだという。

右側には王宮やゴルフ場がある王都のエリアになっている。王専用の「ゴルフ場」に入る入口の案内があった。イスラムの古い街では今まで見たことがなかったが、欧州の文化を取り入れていたということだろうか。プレーしてみたかった。

モロッコ名産になったワインを味わう

旧市街の一角のレストランで昼食をとった。やはり、ここではビールではなくワイン。10世紀ごろに最初に街をつくったベルベル人のメクネッサ族は、街の周辺でオリーブやブドウの栽培をしていた。

標高500メートルほどで、水も「モロッコ一おいしい」ということで、フランス植民地時代にワインがつくられるようになったという。

名物のタジン料理にワインという取り合わせは、珠玉の時間。ただし、イスラム圏なので、アルコールはどこでも飲めるわけではない。観光客相手のレストランを探さないといけない。

1996年登録

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