古都トレド(スペイン)

マドリッド~トレド

「スペインで半日しか時間がなかったら、迷わず行け」といわれている街だという。トレド(Toledo)は、マドリッドからバスで1時間ぐらいのところにある。街の三方をタホ川に囲まれた要塞都市でもある。2015年、行ってみた。

まずはトレドの街を見下ろす場所から。トレドの街を見ると、明るい茶色一色のような感じを受けた。それが「古い」ということなのだろうか。

緩やかな丘の斜面に建物が密集している。目に付く高い建物は、尖塔をもつ「大聖堂(カテドラル)」と、黒っぽい屋根の塔が4つある「アルカサル」。アルカサルはスペインの大きな街などによくあるが「城」の意味で、アラビア語に由来しているという。イスラム教徒が治めていたときの名残なのだろう。

同じところに出ない道が迷路になっている

橋を渡って街の中に入っていく。城壁で囲まれているようだ。バスを降りたが、かなり高い丘。この上に上っていのだが「今はエスカレーターがありますので」とガイドの後をついていく。

街の住民なのだろう、買い物袋を下げた女性らも一緒にエスカレーターに乗った。乗り継いでいくと、いきなり古い街の中に出る。細い路地を歩きながら、ガイドから「攻め込まれないように、道は同じところに出ないようにできていますので、迷子にならないように」と注意された。

左右を見ると、石造りの頑丈そうな建物が並ぶ。路地の向こうが明るくなっていて、さっき見た尖塔の姿が見える。

見上げると相当な高さの塔を持つ大聖堂。外壁の彫刻がびっしりと刻まれている。欧州でも屈指の規模だという。

「大聖堂の建物は左右対称に造られていません。左がルネサンス、右がゴシックの様式です」。そういえば、大聖堂をはさんで左は高い塔、右はドームを持つ建物になっている。

建物の外観は1226年~1493年にかけてできあがった。今回は内部を見られなかったが、金銀を使ったかなり豪華な内装で「お金がなくて16世紀から造り始めて、250年かかったそうです」という。

聖具室にはエル・グレコ(El Greco)の「聖衣剥奪」などの絵画があるというので、時間があれば入ろう。正面の門は王や大司教らが通るとき以外は開かないので、入口は別にあるはずだ。

エル・グレコの傑作がある教会

トレドの街はローマ時代からあり、6世紀に西ゴート王国がイベリア半島を征服してからトレドは首都になった。8世紀初頭にイスラムの支配下に入ったが、カトリック教徒によるレコンキスタ(国土回復)によって、11世紀末には再びカトリック側が奪還した。

多くのユダヤ人も住んでいたが、女王イザベルが「改宗しなければ財産を置いて出て行け」というお触れを出した。改宗して残った人たちもいるという。

ルネサンス期の画家エル・グレコが16~17世紀にここに住んで創作活動をしていたこともあって「エル・グレコの街」としても知られている。

こうした歴史もあって、街にはイスラム、キリスト、ユダヤにルネサンスとさまざまな文化が交じり合っているという。16世紀中ごろに首都がマドリッドとなり、以後衰退したが、そのため中世の街並みが残ったようだ。

エル・グレコの傑作があるという教会が、大聖堂から歩いてすぐのところにある。路地から見える時計塔が目印だ。

サントトメ教会の時計塔

「サント・トメ教会(Iglesia De Santo Tome)」で、かつてのモスクを改修したものだという。中は撮影禁止なので絵葉書を買ってきた。入ると、正面の壁一面に「オルガス伯爵の埋葬」が飾られている。

かなり混んでいた。後ろに並び、一番前の人たちが見終わると少しずつ前に進んで絵の前に出た。15分ぐらい並んだだろうか。絵の前に来ても、そうじっくりと見るという訳には行かないので、横でガイドが早口で説明してくれた。

オルガス伯爵は14世紀にトレドの街で私財を投じて貧しい人を救った人で、埋葬に当たって聖人2人が天から降りてきたところを描いているそう。グレコ本人や息子も描き込まれている。

ベラスケスの「ラス・メニーナス(宮廷の侍女たち、プラド美術館)」、レンブラントの「夜警(アムステルダム国立美術館)」とともに世界三大名画(諸説あり)の1つという。

迫力で圧倒されるのは確かだが、マドリッドのプラド美術館でも他のエル・グレコ作品や、ラス・メニーナスも見てきたので、素人目にはどこが際立って「3大」なのかよく分からないのも正直なところだ。

サントトメ教会

旧市街全体が世界遺産に登録されているトレドの街をぶらついた後、土産物店に入った。トレドの名産は、剣と象嵌細工なのだという。多彩な剣も手に取れるように置いてあった(刃はついていない)ので、ちょっと振り回してみた。

象嵌細工の工房もみたが、細いひも状の銀を黒いブローチのようなものにたたきながら埋め込んで、複雑な模様をつけていた。職人の生きる街というのも、歴史を感じさせる。

 

1987年登録

 

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