シントラの歴史的景観(ポルトガル)

リスボン・ロシオ駅~シントラ駅~王宮~ペナ宮

19世紀初頭の英国の詩人バイロンが「エデンの園」にたとえた「シントラ」という街がポルトガルにある。王宮殿に加え、奇妙な宮殿もある。2015年、行ってみた。
正午過ぎ、リスボン市内の中心部、ロシオ駅から郊外電車に乗る。この駅の外観が、意外と豪華。かなり古そうな建築だ。


電車とシントラでのバス乗り放題がセットになったチケット15.5ユーロを買った。ロシオ駅を出て約40分で、シントラ駅に着く。


あいにくの雨模様。バス停付近で20分後のバスを待った。時刻表通りにはこないだろうなとは思って、すぐ近くの店でビールとサンドイッチの昼食をとりながら待ったが、全然来ない。1時間近くしてやっと来た。
運転手がポルトガル語で説明していたので詳しくは分からないが、身振り手振りからどうやら午前中に強かった雨で道に穴があいて一時通行止めだったらしい。
王宮殿の前でバスを降りたが、5分しないぐらいで着いてしまった。歩いても15分ぐらいだったかなと後悔しながら、王宮殿の前にたった。雨は上がって青空ものぞいている。

天正遣欧使節が立ち寄った場所

外観はおとなしく、あまり「宮殿」という感じがしない。階段を上がって入口へ。売店もガイドブックも見つけられなかったので、とにかく中に入ってみた。


順路はよく分からなかったが、小さな説明板があるので、それにしたがって、忘れないように看板の写真を撮りながら歩いた。まず「白鳥の間」に入った。


細長い部屋の天井に注目。八角形の中に描かれた白鳥が、27羽。1枚1枚が違う。壁には幾何学模様の青いタイルで飾られている。
ここには16世紀終盤、日本の戦国時代末期に天正遣欧少年使節が訪れた場所でもあるという。見つけられなかったが、その時の様子を焼き付けたタイルも残っているというので探してみてはいかがか。


王宮は15世紀初めにポルトガル王のジョアン1世が夏の離宮として建設し、16世紀にマヌエル1世が大幅に増改築して現在の姿になった。マヌエル1世はリスボンのジェロニモス修道院を造るなど、大航海時代でポルトガルが栄華を誇ったころの王。資金は豊富だった。ゴシック、イスラムに、自身の名前がついたマヌエル様式も加えたという。
中庭を見ながら次に進むと、またも天井が特徴的な部屋へ。「カササギの間」という。


これはジョアン1世が女官とキスをしていたことがうわさで広がってしまったため、おしゃべりな鳥とされるカササギを女官数136人と同じ数で天井を埋めたという。この宮殿は天井に特徴があるようだ。

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