ヴァチカン(バチカン)市国 ヴァチカン(バチカン)美術館

ローマ~ヴァチカン市国~ヴァチカン美術館

ヴァチカン市国にある世界最大級の美術館。世界最大のキリスト教寺院、サン・ピエトロ大聖堂に隣接している。世界的な美術の殿堂でもある。1991年に一度来ているが、修復中のものが多く、あまり記憶に残っていない。取り戻すために2017年、行ってみた。

予約をするとスムーズに入館できる

日本でヴァチカン美術館(Musei Vaticani)のHPからネット予約した。1991年の時はネット予約はなく、ローマに行ってから、見学が組み込まれたバスツアーに参加した。
日本語はないので英語の予約ページだが、そんなに難しくはなかった。今は便利だ。
入場料16ユーロ+予約金4ユーロ、日本語のオーディオガイド7ユーロで計27ユーロ(約3300円)を予約。返信で送られてきたBooking Voucher(バウチャー)を印刷して持参した。


予約した時間は開館時間の午前9時。入口はわかりづらいので、ホテルから地図を確認しながら行った。城壁に沿って行列ができているが、当日チケットを購入する人の列。バウチャーを係員にみせると「こっちを行け」といったようで、別の列で先へ進ませてくれた。
中に入って2階に上がり、窓口でバウチャーを見せて、チケットを受け取った。1月のオフシーズンだったので、ここまでスムーズにきた。入場口からホールに入る。日本語のオーディオガイドを受け取り、置いてある美術館マップ(残念ながら日本語はない)で順路を検討した。
ヴァチカン美術館は法王が住む宮殿だが、14世紀から歴代法王が集めたり、贈られたり、つくらせたりした美術品などを展示している博物館、美術館などが20以上あり、展示室は1400室を超える。
1週間でも見切れないというので、1日では見られるところが限られている。行くところを決めて、その途中に面白そうなところがあったら見てみる、と大雑把に決めた。出発しよう。

美術品だらけ…上下左右お見逃しなく

朝一番の時間で、館内が広いだけに人はそう多く感じなかった。とにかく「システィーナ礼拝堂(Cappella Sistina)」を見ることが第一の目的。1991年に来たときは「最後の審判」が修復中で見られなかった。26年越しだ。
もう1つはこれも一部修復中だった「ラファエロの間(Stanze di Raffaello)」。館内マップによると、ともに入口からは遠い奥にある。そこに行くまでに見られるものは見ておこうと、最初は「エジプト美術館」に寄る。古代エジプトの遺物が展示されていた。
館内はフラッシュをたかなければ撮影できた。


先に進み階段を上がると天井が高い廊下に。長い廊下にもいろいろな展示物があり、小部屋がある。少し立ち寄りながら先に進む。天井も、床も、装飾にあふれているので、上下左右、目を配りながら歩いていこう。


「燭台のギャラリー」「タペストリーのギャラリー」と続く。さまざまな意匠のタペストリーが、廊下の両壁に飾られている。


目を引いたものを少し見ながら進む。かなり豪奢なもので、絵柄も宗教のテーマが多いようだ。


「地図のギャラリー」にはイタリア各地の地図が展示されている。伊能忠敬の日本地図もそうだが、地図というは十分美術品になるというのを実感する。


ここのあたりの廊下は、天井の装飾もきれいだ。ぜひ上を見て歩こう。

ルネサンスの巨匠ラファエロの洪水

いよいよ「ラファエロの間」にたどり着く。4つの部屋で構成されている。第1室「コンスタンティヌスの間」から見て行く。一番大きな部屋だというが、ここは修復中のため足場が組まれていて「コンスタンティヌスの洗礼」は一部が見られなかった。

ラファエロの間・コンスタンティヌス の洗礼

サン・ピエトロ大聖堂の元になったバシリカを建てたローマ皇帝コンスタンティヌス1世の生涯が描かれている。「コンスタンティヌスの寄進状」は見られたが「十字架の出現」「ミルウィウス橋の戦い」は足場に隠れていた。

ラファエロの間・コンスタンティヌス の寄進状

第2室は「ヘリオドロスの間」。キリスト教の歴史書の1つ「マカバイ記」にあるヘリオドロスの物語を描いた「ヘリオドロスの神殿からの追放」の絵から部屋の名前が付けられたという。

ラファエロの間・ヘリオドロス神殿からの追放

「大教皇レオとアッティラの会談」は、法王レオ1世とフン族の王アッティラの停戦交渉を描いている。黒い馬に乗ったレオ1世の隣に黒い服を着たラファエロ自身が描かれているという。

ラファエロの間・ヘリオドスの間レオとアッティラ会談

「ボルセーナのミサ」はミサの最中にパンから血が流れたという奇跡の説話が題材になっている。

ラファエロの間・ヘリオドスの間ボルセーナのミサ

「聖ペテロの放免」では、ペテロの釈放の様子を描いている。「ラファエロの間」は1508年に法王ユリウス2世が自分の部屋を装飾するフレスコ画のために、ラファエロを指名し、弟子たちとともに24歳から亡くなる37歳まで4部屋を描き続けた。完成は見られなかった。


さて、第3室がもっとも有名な「署名の間」。法王が書類に署名した部屋からついたという。見たかったものがある。「アテネ(アテナイ)の学堂」。たぶん、歴史で習ってみたことがある人も多いだろう。

ラファエロの間・署名の間アテネの学堂

古代アテネの哲学者が一堂に会しており、中央に天を差すのがプラトン、地を差すのがアリストテレスとされている。


ここには哲学者の姿でラファエロと同時代に人を描き込み、プラトンはダ・ビンチ、手前で片ひじをついているヘラクレイトスはミケランジェロとされ、本人も右端に黒い服で少し隠れて描かれているそうだ。

「聖体の論議」は、ラファエロがこの仕事を引き受けて最初に描いた作品だという。

ラファエロの間・署名の間聖体の論議

「パルナッソス」ではギリシャ神話のアポロンと、詩神で学芸をつかさどるミューズが描かれている。もう1枚「枢要徳」という絵がラファエロの手によるものだという。

ラファエロの間・署名の間パルナッソス山

長居したが、第4室「火災の間」。ヴァチカン近くのボルゴで起きた火災を法王が十字を切って鎮めたという説話を基にした「ボルゴの火災」が部屋の名前になっている。

ラファエロの間・ボルゴ火災の間ボルゴの火災

「レオ3世のカール大帝への授冠」は800年に行われた出来事を描いている。

ラファエロの間・ボルゴ火災の間レオ3世のカール大帝への授冠

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