ストーンヘンジ、エーヴベリー関連遺跡群(英国)

ロンドン~ソールズベリー~ストーンヘンジ

ロンドン・ヒースロー空港でレンタカーをピックアップした。日本と同じ右ハンドルの気安さで、フリーウエーをロンドンの西、ソールズベリー方面に向けて走り出した。

世界でも屈指の謎に満ちた建造物を見よう。1991年、行ってみた。

フリーウエーをいくら走っても「Stonehenge」の表示が見当たらない。「看板ぐらいあるだろ」と1人でつぶやきながら「たぶんこの辺だろう」と思ってフリーウエーを降りて一般道に入っても、案内板はない。

もちろん、当時はカーナビもない。時折、車を止めて地図とにらめっこし、苛立ちと不安の中、いきなり、という感じで看板が現れる。そこはもうストーンヘンジの駐車場だった。

草原に忽然とある巨石

閑散としていていて、入場券を買うまで、本当にストーンヘンジなのか、疑っていた。

入り口付近に、土産物屋とともに、ストーンヘンジの成り立ちについて、イラスト付きの説明板があって一安心。これを見忘れないようにしたいが、今は様子が変わっているかもしれない。

 

トンネルで低い丘をくぐり、少し登っていくと、原野の中にポツンと、あのテレビや写真で見た姿が現れる。

「なんか、小さいな」と思って近づいていくと、みるみる大きくなる。周りの景色が抜けているので小さく見えただけのようだ。

案内板の受け売りだが、ストーンヘンジは約5000年前ごろから約2000年間かけて、5度の時代に分けて作られているとか。最初は円形の堀と土塁(ヘンジ)で始まり、立石(メンヒル)を立て、その上に横石を載せた時代が数世紀離れているとかで、その時代差には驚かされる。

近くで見ると確かにでかい。サークルの中には入れなかったが、簡単なローピングだけだったので間近で中までのぞけた。

一体この石、どうやって持ち上げた?

最大の石柱は高さ7メートル弱、重さ約45トンという。2重の大小のサークル状と、その内側に同じく大小の2重馬蹄形の列石が配置されている。

巨大な方はサルセン石と砂岩という石だそうで、30キロほど離れた所から切り出され、小さめのはブルーストーンといい、300キロ以上離れた場所から運ばれたという。

また、立石と横石は、互いにほぞとほぞ穴ではめ込むようにしてつなぎあわされているといい、がっちりとしているらしい。こうした組み石はトリリトンと呼ばれるという。

運搬技術、建築技術のレベルは高いのは一目瞭然なのだが、石器、青銅器、うまくいって鉄器ぐらいしか道具がない昔にどうやって運んだり、立てたり、はめ込んだりしたのだろうか。

数十トンの石を門のように組むのは、重機を使える現代でも容易ではないだろう。「どうして」「どうやって」の謎は解かれていない。

世界中にはエジプトのピラミッドを筆頭に謎の多い「巨石」遺跡が点在するが、ストーンヘンジに限らず、どれをみても人海戦術だけで解決できるようには感じない。動員したとしても目的がなければできそうな代物ではない。

 

目的は何? 謎だらけの巨石

目的は、祭祀のためとか、天文観測のためというのが一般的な見解だという。卑弥呼の時代でもそうだったように、先史時代の祭祀の重要性は現代の比ではなかったのは分かるが、こんなに時間と労力をかけるだろうか。

天文学的な観測の場所という説があるが、農業や儀式のためだけにつくったとは思えない。
ただ、何世紀も掛けて、まるで駅伝かリレーでもするかのように建て増ししたり、石の配置を替えたりしていったというだけに、ここがよほど重要な場所だったのは想像できる。

グルッとひと回りしていろいろな方向から見てみた。

今残っているような「形」になった理由もわかっていないが、いろいろな角度から見ていると、壊されているのか隙間も多いし、「完成」したかどうかも疑問だ。

いまはいたずらと認定されている「ミステリー・サークル」やUFOの目撃談がこの周辺には多くあるため、宇宙船の着陸地点という説や、英国建国にまつわるアーサー王伝説に登場する魔術師マーリンが造ったという説などもまことしやかにあるという。

ただ、じっと見ていると、どの説も侮れないほど、不思議な巨石だ。30キロほど離れたエーヴベリーにも、規模は大きくないが同じぐらい古い遺跡がある。この一帯は「巨石スポット」になっているようだ。

草原に寝転びながら遠くからもながめてみた。放し飼いの羊がそばで草を食んでいる。横になって形をじっと見ていると、1つ、浮かんだ。

コンロの五徳。そう考えると、円盤を載せる台にしか見えなくなってきた。支持する説が決まったところで、腰を上げた。

1986年登録

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