ファテープル・シークリー(インド)
用途はよく分かっていないそうだが、造りからいっても風通しがよさそうで「皇帝が涼んだり、景色を見たりしたといわれています」とガイド。そのすぐ下に「女学校」がある。
この宮殿を造ったアクバル帝は3人妻のほか300人の妃がいて「後宮5000人」というほどの女性を抱えていたといわれる。涼みながら、学校を見て気に入った女性を探していたのだろうか。
回廊を通っていくと、真ん中に池がある広場を囲むように建物が立っている。反時計回りに行くと「カース・マハルとクワーブガー」という建物にでる。
ここは皇帝の居住する建物で、親しい人たちと謁見する場所でもあった。扉がなく、ここも柱が外から見える。プライベートが守られたのかどうかは分からないが、低い柱で何層にもなっている。
ここまで見てきても「夏を涼しく」の発想で宮殿を造ったような気がしてならない。どこも閉め切らないように造られている。かつては「布や絨毯、木製の家具があった」という。
ムガールはモンゴルのことなので、遊牧民の生活のよさを取り入れたのだろうか。建物の横に「皇帝の風呂」があった。露天で、半カプセルのようなものは「上から水を落とすシャワーだった」という。
人間チェスの広場
池を回りこみながら反対側に向かう。池を造ったのも涼をとるためなのだろう。
水不足で都を放棄したといわれているが、貯水池跡や井戸、水路に風呂などが宮殿内をあるので、そんなに不足していたとは思えないのだが、やはり高台だったのが災いしたのだろうか。
「ここはメーキャップルームでした」という、宮殿の中でも彫刻がさらに細かい小さな建物が池のほとりにある。後宮の女性が身支度をした建物なのだろう。
内に入ると壁に棚のようなものがつけられている。「ここに化粧品を並べておきました」と説明された。今でもこんな棚は家庭で見かける。
外にあった案内板には「ターキッシュ・スルタン・ハウス」と書いてあった。名前と用途が結びつかなかったが、装飾がトルコふうなのだろうか。
池を過ぎると広い広場に出る。向こうに立っているのが「ディワニ・カース(Diwan-i-Khas)」という会議場。ムガール帝国の宮殿で見られる建物。その前に広場の真ん中に台のようなものがあって、碁盤のような線が彫られている。
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