アラブ・ノルマン様式のパレルモと、チェファル、モンレアーレの大聖堂(イタリア)
「このモザイクは、当時文字を読めなかった人でもわかるように造ったといわれています」というだけあって、たぶんキリスト教徒なら全部理解できるのだろう。「最後の晩餐」らしいモザイクもある。
世界中には、さまざまな宗教を民衆に広めるために「絵で見せる」ものがたくさんあるが、これだけ金を使った豪華なのはそうそうないだろう。
柱はトルコの遺跡から運んできたという。なので柱頭の装飾はさまざま。床の大理石もトルコのコンスタンチノープル(現イスタンブール)から持ってきた。
天井の木の格子のデザインもいい。さすがに大司教をうらやましがらせるために造った大聖堂、どこを見ても隙がない。
棺があったので聞いてみると「赤い大理石の石棺はグリエルモ2世のお父さんグリエルモ1世の棺です。グリエルモ2世のものは火事で燃えて白い大理石で作り直しました」という。
多分あまり息をしないで見ていたのだろう。一通り見まわると、またため息が出てきた。今回は見られなかったが、中庭のある回廊も見事だという。
世界遺産に登録された建物はパレルモとその郊外で、大聖堂や教会、宮殿など9カ所ある。しっかり見られたのはモンレアーレの大聖堂だったが、おなか一杯の感じだ。
外に出て、大聖堂の裏手に回る。ちょうど後陣の外側、円筒形の外壁までびっしりと装飾が施されている。今は周囲に建物が建っているが、丘の上にこの大聖堂だけあったら、さぞ威容を誇っていたのだろう。なんとも「あっぱれ」な大聖堂だった。
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