ポンペイ、エルコラーノ及びトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域 (イタリア) ポンペイ

ローマ~ナポリ~ポンペイ

行った時は世界遺産ではなかったが、そこが後で世界遺産になるケースは多々ある。1997年に周辺の遺跡とともに世界遺産に登録された「失われた街」ポンペイ(Pompei)には1991年、行ってみた。
ローマからの1日ツアーに申し込んだ。ナポリを経由し、「今のポンペイ」の小さな街に入った。道を歩いていくと、何かの残骸のようなものがあたりに見えてくる。灰色の城壁の一部の向こうに建物が現れる。円形闘技場だった。

円形劇場

中に入る。当然、何もない。ただ、地面と客席の石段がむきだしになっている。柱がきれいに並んだ回廊もある。


周辺では発掘作業や修復作業が行われていた。闘技場のすぐ横にも、火山灰に埋もれていると思われる場所が露出して放置されていた。いまはもっときれいに、多くの建造物が当時の姿で建っていることだろう。

2000年前の日常がある

街の中に入っていく。道は石畳がほとんど。大きめの石が多く、自分の歩幅と合わない上、段差や割れ目がかなりあるので、けっこう歩きにくい。革靴だとたぶん滑る。ハイヒールならヒールが何本あっても足りないかもしれない。


当時は現地には日本語ができるガイドは少なく、入ったツアーも英語のガイドだった。説明の半分ぐらいしか分からないながらも、うなずきながらついて行く。土産物店にポンペイの日本語ガイドブックが置いてあるので、手に入れたほうが見て回りやすいだろう。


「ここは娼婦の館」「ここは酒場」「ここは浴場」……次々とさまざまな店を紹介してくれる。それはそうだよな、街一つあったのだから、繁華街、メーンストリートにはいろいろあるよな、と思いながら、やはり目が止まったのは、酒場だった。
たぶん、いまでいうバーか、パブという風情。「アセッリーナの酒場」と呼ばれていた。


カウンター? には甕のようなものが埋め込まれていたのだろう、今は灰でいっぱいになっていて、口の丸い輪が見える。その中に入っていたのは、このあたりで作っていたとされるワインだろうか。
「いらっしゃい」「ワイン2杯、よろしく」という会話が、掃除したらすぐにでも再開されそうな感じに、当時の様子を想像しながらしばし、たたずむ。2000年近く前のものとは思えないほど「そのまま」残っているので、酒場に限らず、火山灰さえどければすぐにでも「日常」が戻りそうな気がする。

厚さ6㍍の火山灰に埋もれた街

西暦79年8月24日、ポンペイから望めるヴェスヴィオ火山(Il monte Vesuvio)が大爆発を起こした。かなり広範囲でその様子は目撃されている。風の関係なのか、地形の関係なのか、ポンペイには一昼夜火山灰は降り続け、最後は日本でも雲仙普賢岳で大災害になった火砕流が街を襲って壊滅した。
降り積もった火山灰の厚さは6㍍。しかも、最後は一瞬にして大量の火山灰に埋まり、以降忘れられた街になった。18世紀半ばに再発見され、当時の生活していたままの状態で見つかった。

壁画が残る家

確かに歩いていると、くすんだ色はしているものの、りっぱな「都市」。ちゃんと道があり、店があり、民家があり、しかも貧富の差がはっきりしている。劇場があり、役所があり、銭湯があり…。


家の内部に残る絵画や装飾の色はあせていないし、看板などの文字もちゃんと分かる。いまそこにみんなで住んだとしても、街として機能するかもしれない。ただ…荒涼として「生」を感じない。

今は見られるポンペイの見どころ

ポンペイでは、人型の石膏を見られるという。遺跡を発掘する際に、火山灰の中にたくさんの空洞があるのに気づき、石膏を流し込んだところ、人の形になった。人だけではなく、ペットや植物などもこうした空洞になって残っていた。
時速100キロを超えるという火砕流に襲われて一瞬のうちに埋もれてしまい、体は年月によってなくなってしまった結果だという。ポンペイがタイムカプセルといわれるのが分かる。
行った当時は見かけなかったので、まだ遺跡内に展示されていなかったのだろう。博物館にあったかもしれないが、残念ながら休館だった。


もう1つ、残念だったのは「ポンペイの赤」と呼ばれる壁画が残る「秘儀荘」をみられなかった。案内されるままだったので、入らなかったのか、入れなかったのかはわからないが、2015年に修復作業が終わったというので、ぜひ次があれば目にしたい。
遺跡の周囲には掘り出されていない遺跡が相当残っており、火山灰が積み上がっているだけの場所がやたら多かった。風が吹くと、砂(灰)ぼこりがけっこうある。
行ってから30年近くたっているし、世界遺産登録もされたので、今は修復作業も進んでいることだろう。

遺跡の向こうに望むヴァスビオ火山

天気がよければ失われた街を「つくった」ヴェスヴィオ火山が遠くに見える。それにしても、あんな遠くから街一つ埋める火山灰がよくも飛んできてしまったものだ、と火山のエネルギーと脅威に驚かされる。
たぶん現代でも防ぎようがないだろう。日本もイタリア同様、火山国なのを忘れてはいけないという警鐘でもある。

1997年登録

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