ペルガモンと重層的な文化的景観(トルコ)

ベルガマ~アクロポリスの丘~アスクレピオン

ベルリンの博物館島で古代ペルガモンのゼウス神殿(大祭壇)を見てから12年後の2004年、トルコのベルガマ(Bergama)に行ってみた。
当時はまだ、世界遺産に登録されていなかったので、べルガマと言われてもぴんと来なかったが、古代ペルガモンと聞いてベルリンの博物館をすぐに思い出した。遺跡は、ベルガマというアナトリア地方の小さな街の背後に広がる「アクロポリスの丘」にある。

アレクサンダー大王が制した街

坂道を登って遺跡に入っていくと、遠目にまず目に入ってくるのが「トラヤヌス神殿」。白い大理石でできた柱が何本も立っている。


こんな風になった状態のままなのか、再建されたのかどうかは分からないが、近づくと柱の上にいくつも石が危なっかしく積み上げられている。

地面には崩れた柱などが散在している。その中でたぶん、柱の上に載っていたであろう「破風(はふ)」のようなものが復元されつつあるようだ。これを柱の上に載せたら、けっこうりっぱな神殿になるのだろうと思った。


ガイドブックなどによると、アレクサンダー大王の東征でトルコもその領土になったのが、紀元前4世紀半ば。大王の死後、広大な領土が4分割され、その1つのペルガモン一帯を部下のリシマコスが支配し、その死後、部下のフィレタイロスが紀元前281年に築いたのがペルガモン王国となる。
紀元前2世紀前後に全盛期を迎え、その後ローマに併合されたという。ガイドによると、トラヤヌス神殿はローマ時代の3世紀ごろにローマ皇帝ハドリアヌスが先帝の記念碑的なものとして造ったという。なので、ペルガモンの歴史の中では新しい建物ではある。

ギリシャ文明の影響を受けた街

さて、トラヤヌス神殿が先になってしまったが、遺跡に入っていくと、頑丈そうな城壁が残っているところもあるが、当時の王宮も含めて多くは崩れて、石が転がっている。この一帯が「アクロポリス」と呼ばれているそうだ。
ギリシャの影響もうけているのだろうか。城壁のあたりには「ヘルーン」という王を祭る場所があるというが、あまりよくわからなかった。


城壁の向かい側には、大理石の礎石が列になって並んでいる広場のようなところがある。「アテナ神殿」があった場所だという。紀元前4世紀につくられたというから、ペルガモンが都市としてでき始めたころの建物だ。
今も残っているのは紀元前2世紀にエウメウス2世が造った回廊の基壇。ガイドによると、この隣には面影はないが図書館があり、2万冊の本が収められていて、アレキサンドリアの図書館に匹敵する規模だったという。

アテナ神殿跡

崩れた王宮跡などの遺跡を横目に歩いていくと、先に紹介したトラヤヌス神殿にでる。建物を結ぶ通路のアーチは、精巧な石積みで作られていて、かなりの技術力があったようだ。


大きなアーチというか、土管のような形になっているところがあった。丘の上ということもあるのだろう、大きな貯水槽だったという。

最も重要な遺物があった場所

崖を見下ろすと、眼下には「大劇場」がある。急斜面を観客席に利用している。上り下りがきつかっただろうが、谷底にあるステージは見やすく、声も響いたのかもしれない。
大劇場越しに見える街がベルガマ。「紀元前からずっと都市として記録に残っているのは世界でも珍しいと言われます」とガイドは説明した。

斜面に造られた大劇場

大劇場の上に平らになったところがある。木がポツンと立っていたが「ここがゼウスの大祭壇(神殿)が発掘されたところです。持ち去られて何もなくなった」とガイド。紀元前2世紀に造られたものだ。
ベルリンのペルガモン博物館の話をすると「ここにあれば、もっといい観光地になるんですけど」と肩をすくめた。基壇だけが残っている。
やはり、持ち去られた側は納得がいかないだろう。買い取ったわけではないだろうから、略奪ともいえる。そうした場所が世界中にある。ただ、文化財の保護も含めると、考えさせられることではある。

ゼウスの大神殿跡

古代の病院の治療方法は?

アクロポリスの丘を降り「アスクレピオン」という遺跡に行った。ギリシャ神話の医術の神アスクレピウスの名前を取った診療所だったという。アクロポリスのふもとの「下市」から「聖なる道」でつながっていたといい、その道の一部が残っている。

背後にアクロポリスを望む聖なる道

診療所に入るあたりには大理石の門柱が立ち、蛇とお椀の彫刻がある。いまも欧州の薬局の看板にある蛇のマークの起源になったという。


「聖なる泉」がまだ湧き出ていたので手を洗ってみた。飲めるかどうか聞いたが「やめた方がいいです」と止められた。ラジウムが入っているというので、体に良さそうなのだが。


ここから地下道を通って治療する建物に行く。かなり崩れているので当時の様子は分からなかったが、ここで医者たちが天井から患者に見えないように声をかけて「天の声として励ましたり、命令していた」(ガイド)という。
石造りの天井には大きな穴が開いていた。そこから声をかけたのだろう。


劇場や図書館なども併設されていて患者を楽しませていたらしい。どうやら直接の治療というよりは、「病は気から」のような宗教的な治療だった感じがした。

2014年登録

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