アジャンターの石窟群(インド)

オーランガバード~アジャンター

岩山を手作業でくりぬいて寺院を造る。現代ではそんな途方もない労力と時間を使う工法はまずやらないだろう。
そんな「石窟寺院」が宗教を問わず世界にはたくさんあるが、その中でも石窟寺院内部に描かれた壁画のみごとな寺院がインドのデカン高原にある。2016年、行ってみた。

法隆寺壁画の原型となった岩窟壁画

オーランガバード(アウランガバード)から車で2時間半ほどでアジャンターに着いた。階段と坂道が繰り返される道を上っていく。短いのだが、急こう配でけっこうきつい。
石窟群の入り口にたどり着くと、下には乾季で水がなくなった川があり、半円形(馬蹄形)の切り立った岩壁の中ほどに道が続いている。その道から中に向かって、岩をくりぬいてつくられた寺院が連なっている。


ガイドブックの地図によると、入り口側から奥に向かって第1窟、第2窟…と番号が振られ、27窟まであったが、実際には30窟はあるという。第1窟に入る。そこがいきなり、このアジャンター石窟群のハイライトの石窟ともいえる。
とにかく、暗い。いくつかの壁面にはぼんやりとライトアップされているが、それ以外は目が慣れるまで何があるのかよくわからない。ガイドは持ってきていたが、懐中電灯があった方がいい。
ガイドが懐中電灯で照らしながら、まず説明してくれたのが、正面の仏像の左にある壁画だった。
「蓮華手菩薩(パドマパーニ)」という。蓮華を持った菩薩図なのだが、日本の法隆寺金堂の壁画のモデルになった絵なのではないかと言われているそうだ。


次に懐中電灯で示したのが、中央の本尊を飛ばして仏像の右側にある壁画。「金剛手菩薩(ヴァジラパーニ)」。こちらは表情が印象的だ。
背景が青い彩色なのも目を引く。「どちらも立体的に描いています。当時の3D画法のようなもの。ヴァジラパーニの方は、どの角度から見ても目が合うようになっています」とガイドが説明する。
立つ位置を変えてみると、言われるようにこちらを見ている気がした。表情が特徴的なのはそのせいもあるのかもしれない。

文字を知らない民衆のための壁画

この第1窟の壁面は主に「マハージャナカ」という仏陀の前世の物語をテーマに描かれているという。石窟群の中にはこうした「テーマ」に沿った壁画が描かれている石窟がいくつかある。


「字が分からない民衆のために、絵で仏教を教えた」(ガイド)と、仏教説話が描かれている。


石窟群の開窟時期は大きく2つに分かれ、前期が紀元前1~紀元2世紀ごろで上座部仏教(小乗仏教、ヒーナヤーナ)、後期が5~7世紀ぐらいで大乗仏教(マハーヤーナ)と、すべて仏教寺院になっている。


第1窟の本尊は、サルナートで初説法をする釈迦で、台座には聞きに来た鹿も彫られている。「仏像があるので後期の石窟」なのだそうだ。

サルナートで説法する仏陀像

とにかく、暗い。写真撮影はできるが、壁画保護のためフラッシュ禁止。懐中電灯が直接当たると写り込むので、わずかな光を頼りに写真撮影してみたが、ほとんどがぼんやりとしか写らなかった…。
光がある入り口に近いところは比較的撮れていたが、本格的なカメラと「腕」がないと難しいかもしれない。


柱にも彫刻が施されている。天井を支えるという役目は薄いように思えるので、普通にある寺院と同じようにデザインとしてつくったということだろう。天井には人間のほか植物や動物の絵も見事に残っているので、見上げることも忘れないようにしたい。

幻想的な天井の曼陀羅

第2窟に入った。ここも、もちろん暗い。この窟では「仏陀が生まれてからの物語が描かれています」と、壁画がびっしりとある。
せっかくの壁画だが、暗くて細部までよく見えないのが残念なところ。ガイドが懐中電灯で照らして説明をしてくれるのだが、消してほんのりとした明かりになるとよく見えなくなる。
壁画では、釈迦が出家することを家族に相談したり、仏陀となって天界で暮らしたりなど、生まれてから悟りを開いて仏陀になるまでが描かれているらしい。


天井画では人々の生活なども描かれ、青い靴下をはいてワインを飲む人などの絵もあった。当時からワインが飲まれていたらしい。


ひときわ目を引くのが正面にある仏陀像。手前の天井には曼荼羅が彫られている。薄明りの中に浮き上がる曼荼羅と仏陀が幻想的でもある。
第1窟に比べて、壁や柱に彫られた石像や模様が多い感じがする。本尊は左手がなくなっている。「宝石がついていたので、手ごと盗まれたようです」とガイドが肩をすくめた。


鬼子母神の像などもあるが、壁画とどうつながっているのかよくわからなかった。柱の彫刻も見事なので、ともにいろいろな石像にも目を向けたい。


1500年以上経っても色鮮やか(暗いのでよくわからないがたぶん)に残る壁画。「水が入って傷んだところも多い」(ガイド)というが「壁画の石窟寺院」と言われるだけのことはある。

暗い中でどうやって壁画を描いたか

石窟自体も岩を掘り進んで仏像や石像、柱などを彫り残し、部屋をつくるという作業を、重機がない時代、ノミなどを使って手で行っていた。その壁に石膏や石灰を塗ってなめらかにし、絵を描いていったという。


なにより、こんな暗いところで正確に、間違えずに描くこと自体が驚異的。明かりには、ランプ、鏡や水の反射などいろいろな説があるそうだが、それでもこうこうと照らすのは難しい話。配色や細かな線などをどう描いたのか、何より描かれた絵をどうやって見たのか、不思議に思った。


見事さに忘れてしまいがちだが、先述した通り、ここは石窟寺院。岩を削り、部屋をつくり、柱や仏像、石像は後から付けたり置いたりしたのではなく、その場所に掘り進みながらつくっている。設計図みたいなものはどうしたのだろうか。

礼拝堂は入口から豪華

第3窟からは未完成の石窟が続くので、建設過程を垣間見られる。


アジャンターの石窟には大きく2つの様式がある。1つはヴィハーラ(僧院)、もう1つはチャイティヤ(礼拝堂)。壁画が見事だった第1、2窟はヴィハーラで、石窟群にはチャイティヤは5つあるという。

第9窟は第10窟とともに紀元前1世紀から2世紀にかけてつくられた前期のもので、最古のチャイティヤだという。
ヴィハーラは入り口が簡素でただ入るためだけの小さいものだったが、チャイティヤとなると違うらしい。入り口の岩壁には装飾で施され、窓もついている。窓の周りなどを飾る馬蹄形の彫刻は「菩提樹の葉の形」(ガイド)なのだそうだ。


第9窟の中は、窓があるだけにヴィハーラのような暗さはない。奥行きがあり、部屋の両側には柱が並んでいる。もちろん、削り出されたもの。一番奥には「ストゥーパ」と呼ばれる仏塔がある。


ストゥーパは元々仏舎利を収めた円い塚で、卒塔婆の語源でもある。前期なので小乗仏教(上座部仏教)の時代。仏像ではなく、ストゥーパが礼拝の対象だった。「水で流されてあまり残っていない」(ガイド)という壁画も一部は見られた。


隣の第10窟もチャイティヤ。こちらの方が規模は大きい。アジャンターは8世紀には放棄されて忘れられていた。1819年、東インド会社のジョン・スミスという英国人が虎狩りにきて偶然この谷に足を踏み入れ、最初に見たのがこの第10窟だったという。
その時に目に入ったのが、第10窟の入り口にある装飾だった。1000年以上忘れ去られていたことになる。


ストゥーパの前ではお坊さんが礼拝をしていた。単なる遺跡ではなく、今も現役の寺院でもあるのだろう。

古代の画家が使ったパレット

よく見ると、両側の柱は八角形のものが多い。壁面や柱には絵が描かれている。傷んではいるが開窟されてから2000年以上たっているとは思えない。


床には奇妙なくぼみが並んでいる。「当時のパレットだったと考えられています」とガイド。柱に発見者のジョン・スミスがサインを残しているというが、よくわからなかった。

釈迦の物語が生き生きと描かれる

ここからしばらく未完成窟がつづいた後、第16窟、17窟でまた素晴らしい壁画や天井に出合う。


第16窟では天井を見上げたい。梁、といっても掘り出されたもので取り付けられたものではないが、梁を支えているように彫られているのは「昔の労働者」(ガイド)だという。


壁画は仏教説話。奥には「リラックスした姿の」(ガイド)仏像がある。椅子に座って、足を開いている。日本ではあまり見かけない。足元の穴は賽銭入れだという

足を開いて座る釈迦

第17窟の壁画は保存状態がいい。まず、ここでも入り口の天井を見上げよう。植物と思われる絵がきれいに残っている。


窟内には釈迦の物語「ジャータカ」を中心に描かれているそうだ。第1、2窟に比べると少し明かりがあるのだが、奥に進むとやはり暗い。


釈迦が僧になって最初に托鉢に行ったのは自分の家で妻子からだったという絵が印象に残る。このあたりは後期窟になる。

「ジャータカ」釈迦最初の托鉢

チャイティヤで入り口の彫刻がたぶん石窟群の中でも一番きれいだと思われるのが第19窟。中も太い柱が両側に並び、その上にはびっしりと細かな彫刻が施され、アーチ状の天井と相まって完成された感じがする。


「ここは内部の彫刻も一番きれいです」と、中に入るとガイドは天井を差した。天井にはさほど痛んでいない壁画がびっしりと描かれている。


奥のストゥーパには、仏像が彫られている。「大乗仏教と小乗仏教(上座部仏教)が合わさったストゥーパと言われます」という。

巨大な涅槃像で仏陀の生涯を総まとめ

さて、最後のハイライト窟は第26窟になる。そこまで未完成窟をチラッと見ながらたどり着くと、入り口正面には仏像彫刻で飾られた壁面。中に入ると、左手に巨大な「涅槃仏」は彫られている。


7㍍あり、インドでも最大級のものだという。仏陀の上には天界、下には悲しむ弟子たちが描かれているクシナガルでの仏陀入滅のシーン。精緻ではないが、味がある表情をしている。
奥に向かう回廊にはブッダガヤで悟りを開いたところなどの彫刻もあり、仏陀の総まとめのような印象だ。

悟りを開いたブッダ

最奥にはストゥーパが鎮座し、またも足を開いて座る仏陀が彫られている。


第26窟を出て、歩いて来た方向を見る。こんな山の中、谷に落ちる断崖の中腹にどうして大変な労力と時間をかけて石窟寺院を500年以上かけて刻んでいった。この場所が仏教的に何か特別な場所だったのだろうか。


帰国してしばらくしてから、テレビで宇宙関連のおもしろい番組があった。6000万年前、恐竜を絶滅させたのは巨大隕石説が有力だが、その影響でデカン高原の巨大火山が噴火し、追い打ちをかけたのだという。
アジャンターの岩はその時代の火山岩でできている。恐竜が絶滅して哺乳類が繁栄し、人類が誕生した。ここには壮大な物語がありそうだ。

1983年登録

  1. この記事へのコメントはありません。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。