アントニ・ガウディの作品群(スペイン) サグラダファミリア

光を操るステンドグラス

聖堂の中に入った瞬間、光の「魔法」にびっくりするだろう。
世界遺産になるような中世から残る大聖堂は世界各地にあるが、中は暗いのが当たり前。世界遺産には登録されていないが、こんな明るい聖堂は記憶にない。なんといっても、多くの窓があり、ステンドグラスがはめ込まれている。

2010年に、ローマ法王ベネディクト16世がミサを行うために突貫工事で作り上げたそうだが、そうは思えないほど細部も行き届いている。
ガウディは聖堂内をそれまでと違って明るい空間にしようとした。「生誕の門」がある北東を向いた側は青や緑を中心のステンドグラスにしている。

朝夕で聖堂内の色が変わる

反対の「受難の門」側には赤やオレンジ色中心。ちょうど夕日の時刻、西日を受けたステンドグラスで聖堂内はオレンジ色の光に溢れている。朝はたぶん青い光が満ちるのだろう。

天井の細工も「ガウディらしさ」が出ている。丸みを帯びた装飾が天井から垂れ下がるように重なり合う。白色が基調になっているので、明るさを保っている。
天井を支え、これから聖堂の上に建てられる塔につながる柱は直径、高さで4種類に分かれ、別々の石材を使っている。中央に4本ある「大黒柱」は直径2・1㍍、高さ60㍍で斑岩という赤い石が使われている。

この上にキリストを表す高さ170㍍も大ドームが建設されるという。柱は上部で木が枝を広げるように何本かに分かれて天井に張り付いている。

聖堂内の一角から、地下聖堂が見られる。礼拝堂の片隅に、ガウディの墓所がある。
1926年6月7日に路面電車に轢かれた際、あまりにみすぼらしい身なりをしていたため身元不明として病院に運ばれ、3日後に息を引き取った。晩年はここに寝泊まりして、寝食を忘れ、なりふり構わず建設に没頭していたらしい。

地下聖堂に眠るガウディ

「受難の門」に出る。こちらは柵の外から見たときの印象通り、未完成で壁が露出している個所も多い。

キリストの磔刑

全く違う印象の受難の門

彫刻もガウディが作った「生誕の門」とはまったく違うイメージで、直線的だ。キリストの最後の晩餐から磔刑に処されて昇天するまでを描いている。

ホームステイ先のホストのホセ・マリアさんが「あそこにスウドクがあるよ」と指差す。数字を羅列した石版が壁にはめ込まれている。
意味は? 縦横斜めの数字は、合わせるとキリストの年齢になる。スペインでも「スウドク」というのもびっくりだ。

地下への入口があったので入ってみた。地下は博物館になっている。ここには、サグラダファミリアの歴史や、作り方などがわかるように、写真や資料などが展示してある。
目を引くのが、細い紐の先端に散弾銃の玉を詰めた袋の重しをつけて上からぶら下げている「逆さ吊り実験」。

ガウディは自然の中からもっとも調和のとれた形を見出そうとし、この逆さ吊りしたものを下に鏡を置いて映った形がサグラダファミリアになる。
曲線を描く紐の形状が柱や壁などの形になるということだ。それを基に石膏模型を作り、弟子たちや後世に伝えようとした。火事によって石膏模型はバラバラになったといい、復元作業も行われている。ガウディが作った茶色に変色した模型の一部や、わずかなデッサンなども残っている。

最後に「受難の門」の塔にあるエレベーターで90㍍まで上がった。バルセロナ市内が一望できるが、西日がまぶしい。

塔から見える風景

帰りは螺旋階段を降りた。ところどころに窓が開けられ、バルコニーのようなところに出ることもできる。

半円形の建物が建設中。屋根を飾る植物、特に果物を表した小尖塔がニョキニョキ突き出ている。これも自然を大切にしたガウディのデザインなのだろう。

建設が始まった当時は、石材を組み、積み上げ、彫刻を削ってつくってきた。予算が増え始めた1990年代になって、未完成部分を鉄筋コンクリートで土台を作り、石材も機械で削り出すなど最新技術を導入し、工期を大幅に短縮することになった。
現代の技術で早く完成させるほうがいいのか、生きているうちに見られなくてもいいから昔ながらの工法がいいのかの判断はつかない。
ただ、世界遺産に登録された「生誕の門」と、真新しい他の建築中の部分を見比べてみると、100年前の手仕事に軍配が上がる気はする。2026年、完成した姿でもう一度比較してみたい。

完成予想図

 

1984年登録

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