ギョレメ国立公園とカッパドキアの岩石遺跡群(トルコ)
まるでマンション、岩山の家
凝灰岩の台地に広がるカッパドキア。ネヴシェヒルとユルギュップという2つの町を中心に、小さな村が点在する。
中心部はごく普通の街並みなのだが、ちょっと裏手の岩山とか、道路脇の岩壁とか、いたるところに穴が掘られている。
「妖精の煙突」に代表される自然にできた岩の造形とともに、人間が岩をくりぬいて住居や教会などをこしらえた景観も魅力になっている。
カッパドキア2日目はウチヒサールという、このあたりでは一番高いところにある村にまずいった。近づいていくと、村にそびえる岩山のいたるところに四角い穴が開いている。ここは岩の要塞だったという。
ガイドは「岩のマンション」と言っていたが。穴は住居の入り口。今も使われている。凝灰岩は軟らかいので、くりぬきやすい。そんな特性を生かした、この土地ならではのアイデアだ。
ただ、カッパドキアの刑務所では、映画「大脱走」さながら、床下を掘り進んで脱走してしまうことがあったという。
観光客が必ず足を運ぶのが、ギョレメ(Göreme)野外博物館。4世紀ごろからキリスト教徒がこのあたりに住み着き、イスラムの圧迫から逃れ、信仰を深めるために、岩をくりぬいて教会や修道院を作った。
迫害を逃れたキリスト教徒の工夫
このトルコの中央アナトリア地方は、記録に残っている紀元前6世紀以前から人が住んでいたという。東ローマ帝国の支配を受けていた10世紀ごろには400以上あったという教会のうち、いまは30ほどが公開されている。
洞窟教会といわれるが、自然にできた洞窟を利用しているのではなく、人間の手で掘られたもの。中に入ると、風雨や日光にさらされなかったフレスコ画がいまでもきれいな色をとどめている。
「リンゴの教会(リンゴを持ったキリストが描かれていたらしい)」「ヘビの教会(2人の聖人がヘビ退治しているフレスコ画がある)」「暗闇の教会(中がまっくら)」など、おもしろいネーミングの教会もある。
削り出された岩の長椅子とテーブルがある食堂。座ってみたが椅子もテーブルも動かせないので、体の大きな人は窮屈だっただろう。
糞を肥料に使うためにハトを飼っていたハト小屋(これも岩をくりぬいている)などもあり、岩によって身の安全を守りながら信仰生活していた様子がうかがえる。
地下に張り巡らされた都市空間
岩をくりぬいた最たるものが、地下都市。カッパドキアの地面の下には、たくさんの地下都市がある。その中のカイマクルは、3000人が生活できるだけの規模があるという。地下につくった理由は、イスラム教のアラブ人の侵入に備えてのものだったと言われているそうだが、いつ造られたかはわかっていない。
カイマクルのトンネルを下って中に入る。細いトンネルの両側には、さまざまな部屋が作られている。居住する部屋はもちろん、家畜の部屋、台所、ワイン作りの部屋、教会から公衆トイレなど、都市機能を完備している。
通路は狭いところも多く、何度も頭をぶつけて、痛い思いをした。素早く動き回るには絶対ヘルメットが必要だ。
アラブ人の侵入に備えてとされるのは、敵の侵入を食い止めるために通路をふさぐ丸い岩板なども置いてあるからだ。もちろん、大きな縦穴を通して、空気穴もつくっている。ただ、実際に長期間住んだという痕跡はないらしい。
掘り出しやすかった凝灰岩
カッパドキアの地面の下にはこうしたアリの巣のような地下都市がたくさんあるといわれている。軟らかいとはいえ、凝灰岩をこれだけの規模でくりぬくのは相当な労力が必要だ。何か、相当な「危機感」のようなものがないとできないだろう。
最後に、高台から妖精の煙突が何本も突きだした谷と、寄り添うように広がる街をみた。遠目には、どれが岩でどれが建物なのかも、はっきりしないほどになっている。
カッパドキアは、岩が主役。自然が、人間が、その岩を長い年月を掛けて削ったり、掘ったりして、今の景色を生み出した。自然と人工物の区別がつかないほどうまく溶け合っている。
まさに「奇観」だった。
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