ヴァチカン(バチカン)市国 サン・ピエトロ大聖堂

ローマ~ヴァチカン市国~サン・ピエトロ大聖堂

2019年11月、フランシスコ・ローマ教皇が来日、広島、長崎を訪問し、東京ドームで5万人のミサをおこなうなど、日本中に感動を残した。教皇としては38年ぶりの来日になった。

そのローマ教皇が暮らしているのが、世界一小さい国ヴァチカン市国(Stato della Città del Vaticano)。キリスト教カトリックの総本山だ。
1991年にローマに行った時にバスツアーに参加したが、あまり記憶や写真が残っていない。四半世紀前の記憶を取り戻しに2017年、行ってみた。
サン・ピエトロ大聖堂(Basilica di San Pietro)に徒歩10分ぐらい、ヴァチカン市国との「国境」に近いローマ市内のB&Bに泊まった。ホテルにチェックインしたのは午後3時ごろ。荷物を置いて、すぐ大聖堂に向かった。

広大な広場を囲む列柱と彫刻

冬の日が傾きかけた午後4時前、サン・ピエトロ大聖堂前の広場(Piazza San Pietro)に。1月下旬だったので人はそう多くはなかった。パトカーに大きな銃を下げた警官?軍人?もいる。いつもの光景なのだろうか。


この広場は26年前の写真が残っているので記憶にもある。

1991年当時のサン・ピエトロ大聖堂

広場の真ん中に、1586年にエジプトから運んできたオベリスクが立っている。高さ約25㍍。てっぺんの十字架にはキリストが張り付けされた十字架の破片が収められているという。


オベリスクの左右に2つの噴水、正面には大聖堂がそびえる。
広場は楕円形で長径240㍍あるのでかなり広いためか、大聖堂の大きさが分かりにくいが、巨大なファサードに大クーポラ(ドーム)が乗っていて高さ136㍍というから、相当大きい。


広場の左右には大理石の柱が囲んでいる。計284本の柱が4列に配されている。


その柱廊の上には140人の聖人像。数だけみても、巨大さが分かる。


柱廊を過ぎて、大聖堂の前に2人の彫像がある。向かって左が「聖ペトロ像」。ここで殉教した第一使徒。「天国の鍵」を持っている。

ペテロ像

右が「聖パウロ像」。剣を持っている。このあたりから柵があって行ける場所、行けない場所が分けられている。

パウロ像

聖ペテロ(サン・ピエトロ)の墓の上に建つ

大聖堂に入る前に左側にある建物に本屋があるので、日本語のガイドブックを手に入れて少し予習を。古代ローマ時代にはネロ帝の闘技場があった。ここで殉教した聖ペテロ(サン・ピエトロ)の遺体が埋葬された場所に、キリスト教を公認したローマの皇帝コンスタンティヌス1世がバシリカを建てたのが始まりだという。


1377年にフランスにとらわれていた(アヴィニョンの捕囚)法王が、ここに法王庁を置き、ユリウス2世が壊れかけていたコンスタンティヌス1世のバシリカに代わる大聖堂建設を決めた。


建設は1506年にブラマンテによって始まり、ラファエロらを経てミケランジェロに。1546年に大クーポラをデザインしたが、26年後の完成は見届けられなかった。
大聖堂全体は1626年に完成したとされる。1646年からはベルニーニが建設に加わり、ファサードの改修や柱廊を持つ広場をつくり、世界最大のキリスト教会になった。

正面のファサードの上には11人の使徒の像が立っている。


大聖堂に入るには、向かって右側に列ができているのでそこに並ぶ。平日の夕方、その長い列ではなく10分ぐらいで手荷物検査へ。大きなリュックはだめというので、最小限の小さめのバッグにしてきて正解。入場料は無料だ。
扉は5つある。中央の扉が開いていた。一番右にあるのが「聖年の扉」。5つの中では最もきらびやかな装飾がされていた。25年に1度の聖年にしか開かないので、残念ながら前年2016年に開いていたが、行った時は閉まっていた。

聖年の扉

各扉にも装飾があり、一番左の扉は「死者の扉」という。中央扉は旧大聖堂から受け継いだものだといい、15世紀のもので「フィラレーテの扉」。そこから入る。

荘厳な「ピエタ」から始まる

中もさすがに巨大だ。天井が高い。壁、天井、床…あらゆるところに彫刻など装飾がある。豪華絢爛、とはこのことを言うのだろう。
まず見なければならないのが、入って右の側廊にある「ピエタ」。ミケランジェロが1500年の聖年に当たって製作した。


大理石から掘り出したとは思えない繊細さ。聖母マリアが磔で亡くなったキリストを抱きかかえている姿は、キリスト教徒ではなくとも胸に迫るものがある。


とにかく広いので、まず右の側廊と中央の身廊を行ったり来たりしながら奥に進む。すぐに絵が飾られた「聖セバスティアーノの礼拝堂」がある。

サンセバスティアーノ礼拝堂「聖セバンスティアヌスの殉教」

進むと「グレゴリウス13世の墓碑」。現在使われている暦となる「グレゴリウス暦」を採用した教皇として知られる。

教皇グレゴリウス13世の墓碑

小さな礼拝堂などもあるのでゆっくり見ながら進んだ。時々は天井も見上げたい。装飾や小さいクーポラがたくさんある。

大天蓋、大クーポラ…巨匠渾身の作

奥の内陣に着く直前、中央身廊の右手に「聖ペテロのブロンズ像」には人だかり。ここから先は「聖ペテロ」の空間になる。
ちなみに日本ではペテロと訳されているが、言語や翻訳によってペトロ、ピーター、ピエール、ペドロ、ピョートル…など同じ名前。大聖堂のピエトロはイタリア語になる。


内陣の中央に据えられているのが、ベルニーニ作のブロンズの天蓋「バルダッキーノ」。威容を誇っている。


ねじれたような独特のデザインの4本の柱。ヴァチカンのシンボルのミツバチや天使がちりばめられている。高さ約30㍍で、ローマのパンテオンにあったブロンズ像を溶かしてつくったという。


天蓋は主祭壇の上を覆うようにできている。主祭壇の前は地下に続く階段があり、聖ペテロの墓がある


天蓋の上は、ミケランジェロが設計した大クーポラ。こちらもきれいな装飾が施されている。


それ以上は進めなかったが、天蓋の奥が後陣。「聖ペテロの司教座」がある。これもベルニーニの作品。聖ペトロが使った木製の椅子がその中に組み込まれているのだという。

サン・ピエトロの司教座

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