石窟庵と仏国寺(韓国)

釜山バスターミナル~慶州バスターミナル~仏国寺~石窟庵~慶州バスターミナル

慶州郊外に、韓国最大の仏教建築がある。2015年、行ってみた。
朝、釜山のバスターミナルから高速バスで1時間ほど、慶州バスターミナルに着く。4800ウォン(約480円)と高速バスにしては安かった。
バスターミナルの近くにとったホテルに荷物を預けて「仏国寺(プングクサ、Bulguksa)」に行く10番(11番でも行くらしい)のバスに。吐含山を登っていって小1時間、中腹の仏国寺に着く。

仏国寺入口

バス停から仏国寺入口はすぐ。確か拝観料は4000ウォンだったと記憶している。中に入った。池を横に見ながら進み「四天王門」をくぐる。

門の中に、彩色された四天王像がある。四天王は持国天、広目天、増長天、多聞天で、日本ではどちらかというと怖い顔をしている感じなのだが、こちらの四天王はなんとなく笑っているように見える。

国宝の石塔1つは修理中

正面に、仏国寺に上がる石段が見える。「白雲橋(ペグンキョ)」「青雲橋(チョンウンギョ)」という。上段が白雲、下段が青雲とのことだ。
釈迦の誕生日を祝う「燃燈(灯)祭」の期間中だったので、色とりどりの提灯が飾られていた。

仏国寺の白雲・青雲橋

「橋」となっているのは、地上と仏の国を結ぶということなのだという。橋の上の建物は「紫霞門(チャハムン)」という。

紫霞門

白雲・青雲橋の左手にも石段がある。これも国宝の「蓮華橋(ヨンファキョ)」「七寶橋(チルボキョ)」。上段が七寶、下段が蓮華と分かれている。その上の建物は「安養門(アニャンムン)」と書いてあった。
残念ながら2つの(4つの)橋は通行できない。

蓮華橋・七寶橋

白雲・青雲橋の右側を上っていくと、広場にでる。2つの国宝の石塔が立っている…はずだったのだが、あるのは1つだけ。「多宝塔(タポタプ)」しかなかった。もう1つの「釈迦塔(ソッカタプ)」は解体修理中だった。

多宝塔

多宝塔は高さ10.4㍍。仏国寺が創建されたのと同じころ、8世紀半ばに建てられた。八角形の屋根が独特だ。説明版によると、名称は法華経の「釈迦如来が説く真理を多宝如来が証明する」という教えによるという。釈迦塔と2塔で1対ということなのだろう。

そういえば、下から見たときに「石塔修理」と書かれた建物が見えた。釈迦塔は三重石塔で、修理場になっている建物は一部透明のアクリル板になっていて中を覗けたので見てみると、解体修理が行われている様子だった。

修理棟の中

翌日、慶州博物館に行った時に、釈迦塔のレプリカを見られた。解体修理を終えると、こういう姿になるようだ。

慶州博物館にある釈迦塔のレプリカ

秀吉の朝鮮出兵で焼け落ちた寺

2つの塔の向こう側に、本殿に当たるのが「大雄殿(テウンジョン)」がある。1959年の再建だという。新しいものらしい。本尊は釈迦牟尼如来を祀っている。
仏国寺は751年、当時の新羅の大寺院として建立された。一時廃寺となっていた。1592年、豊臣秀吉の朝鮮出兵、壬申倭乱によって、当時60ほどあった建物はほとんど焼け落ちたという。この大雄殿も基壇と礎石部分しか残らなかった。その基壇の上に再建、火災などでの焼失、を何度か繰り返しているという。


大雄殿の裏手に回ると、いくつかの建物がある。「無説殿」は長い建物。仏国寺の中でも最初に立てられた建物だったという。僧が説法を行うところで、現在は講堂として使われている。

無説殿

その裏に2つの建物が並んでいる。「毘廬殿」には毘廬舎那仏が安置されている。仏像は8世紀半ばのもので国宝というから、戦火を免れたのだろう。

「観音殿」には金色の観音様。これらの建物も秀吉の軍勢によって焼き討ちされた。仏像が無事だったのかは分からなかった。いずれも再建だが、柱や屋根にはきれいな装飾がしてあった。

帰り道、「極楽殿」という建物もある。これは先に見た蓮華橋、七寶橋を上って安養門から入るとお参りできるという堂だという。安置されている金銅阿弥陀如来坐像は8世紀半ばのもので国宝に指定されている。


「梵鐘閣」という、きれいな装飾がある釣り鐘堂の前を通って下っていくと、途中に「朱印帳」の文字が。韓国でも朱印がいただけるのかと、その建物に行ってみた。朱印帳は持っていなかったが、朱印はいただけた。


バス停に戻って「石窟庵(ソックラム)」行の専用シャトルバスを待つ。1時間1本しかないので、仏国寺を見に行く前に時刻を調べておいた方がいい。ハングルでしか書かれていないが、仏国寺のバス停の時刻表は、左が仏国寺、右が石窟庵になっている。

 

石のドームに鎮座する大石仏

シャトルバスで10分ほど、吐含山の頂上付近に石窟庵がある。ここでも帰りのバス時刻をチェックしておこう。
バス停からすぐ左前方に見えるのが「大鐘閣」。大きな釣り鐘がある。自由に撞いていいらしいのだが、横目に見て長い階段を上り、まずは石窟庵を目指す。

石窟庵大鐘閣

入口で拝観料4000ウォンを払い、歩き出す。緩やかな下りの山道で1㌔ほど先、周囲を見ながら歩いても15分ほどで着いた。


建物の左側から中に入る。撮影は禁止。建物の背後に石を積んだ古墳のようなところがある。その中が石窟庵らしい。
本尊仏は巨大な石仏。石でできたドーム状の庵の中央に座っている。1.58㍍の台座に、本尊の高さは3.26㍍。近くに行って見られず、入ってすぐに保護のためにガラスで仕切られ、ガラス越しに参拝する。
遠目にも大きさはわかる。もらったパンフレットに写真があった。パンフレットによると「見る人の内面に深く崇高な心が持たされるように造成され」とあった。

石窟庵のパンフレット

ただ、本尊の周囲の壁にある四天王像や八部神衆の彫刻は一部しか目に入らなかった。
この庵は新羅時代の751年に建立され、花崗岩でできている。当時の宰相、金大城が「前世の父母のために創建した」といわれるそうだ。ちなみに金は仏国寺創建にもかかわり「現世の父母のため」としているという。


バスの時間があるので、帰り道は少し上りになるが早足でバス停に向かった。汗だくにはなったが、おかげですこし余裕ができたので大鐘閣に寄って、鐘を撞かせてもらった。

ここから見下ろす新緑の風景がいい。5月下旬、気持ちのいい風も通り抜ける。バスに乗るころには汗もすっかり乾いていた。

1995年登録

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