姫路城(日本)
明治の廃城令や第2次大戦での空襲などの危機をくぐり抜けてきた。天守が現存している「国宝五城」(当時四城、他に彦根、犬山、松本、松江)の1つになっている。そんなことをパンフレットなどで読みながら、いよいよ大天守へ。
上りながらゆっくり見て行こう
大天守に登る階段は、上り下りが一方通行で違う階段を使うので、見逃したら帰りには見られないのでご注意を。後ろの人を気にしつつ、ゆっくり上りながら見て行こう。
各階には当時の調度品などが置かれてはいるが、意外と殺風景。城として使われていた時とは違うのは当然だが、不要なものはあまり置かなかったのだろうか。
外で並んでいるときに見た石落とし用の穴や狭間の内側や、城を支える東西の「心柱(大柱)」やりっぱな梁も見逃さないようにしたい。
柱と梁の様子がわかるミニチュアの姫路城も置かれていた。
窓から見る景色もごちそうになるので、見られる窓があったら近づいた方がいい。下をのぞくと、櫓と渡櫓の連なりや、改修工事の準備の様子なども分かった。屋根に取り付けられたしゃちほこなども間近に見られる。
最上階は柱がない造りで、姫路城の守護神「刑部明神」が祀られ、人でごった返していた。大天守最上部からの眺望は、曇り時々雨の天気だったので少々かすんではいたが、晴れたら絶景なのだろう。
怪談「皿屋敷」の舞台
大天守を下り、内曲輪内を歩いた。「お菊の井戸」という怪談話「播州皿屋敷」の舞台。大事な皿を隠されて主人に責め殺されたお菊という娘が捨てられた井戸で夜な夜な皿を数える怪談だが、しっかり囲いがされた井戸がムードを高めている。
そのほかにも江戸時代から現存するだけあって、いろいろな逸話や伝説があるそうなので、興味のある方はここに来て確認を。
出口を出て、三の丸公園へ。一角に、1935年から第2次世界大戦の中断をはさんで1964年まで行われた「昭和の大修理」の際に交換した、元々の西心柱(大柱)を保存してある。
城を支える心柱(大柱)は巨木を利用している。日本に巨木が少なくなっているので、修理の際に柱探しが大変だったという。
公園から見える姫路城の姿が美しい。平成の大修理が終了した際、ニュースで見たが、行った時とは全く違う「白一色」の城になっている。創建時の色なのだろうか。
ちょっとくすんだ「白鷺」だったが、これもまた風情があった。次は真っ白な「白鷺」に会いに行きたいものだ。
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