厳島神社(日本)

広島駅~広島電鉄~宮島口~宮島

日本三景の一つ、広島県の宮島にある神社は、海の中の鳥居がシンボル。1977、81年行ったが、3度目は1998年、行ってみた。

広島駅から電車に乗り、1時間ちょっとで宮島口へ。フェリーに乗り換えた。通称宮島の厳島が近づく。以前行ったときはあまり気にしなかったが、小さく海に浮かぶ厳島神社の「大鳥居」が見えてくると、背後にある厳島の山がかなり高く、海に迫っていることが分かる。

引き潮の浜に立つ大鳥居

桟橋に着き、参道の商店街で宮島名物の伝統工芸品大杓子や、もみじ饅頭、穴子めしなどの店を見ながら進む。厳島神社を見てから食事をしたり、買い物をしようという場合は、あたりをつけておくといい。

参道を抜けると、豊臣秀吉がつくらせた千畳敷の広さの経堂「千畳閣(豊国神社本殿)」があり、左手の丘の上には五重塔が建っている。進むと、厳島神社の入口に着く。

右手の海には大鳥居が立っている。この周辺はとにかく鹿が多い。「角のある鹿注意」の注意書きもある。ただ、鹿もいい被写体ではある。

厳島神社に入り、「東回廊」を歩いていく。左にある「客神社」の拝殿と祓殿の間を通り、奥に進む。

 

海側を見ると、既に潮が引いていた。既に「海底」に降りている人もいる。結構引きが早そうなので、大鳥居のところに行けるかもしれないと思い、ゆっくりと社殿を見て回った。

 

以前来たときは「海に浮かぶ」大鳥居だったが、今回は別の景色を見られそうだ。大鳥居の景観については、満潮、干潮どちらがいいかは分かれるところだ。77年に行った時の海に浮かぶ大鳥居の写真、古ぼけているが見つけた。

30分ほど待ったら、引き潮のおかげで大鳥居のすぐ近くまでいけそうになっていた。

ぬかるみに気をつけながら近くまで行った。意外と海底は硬い。ただ、大鳥居の足元には結構海水がたまっていたので、残念ながら大鳥居に触れるところまではいけなかった。

 

それでも海底に立って大鳥居を見上げるのも貴重な体験だろう。水没していると、小型の船で大鳥居をくぐれることもあるという。満潮でも干潮でも面白い経験は出来そうだ。振り返ると真っ赤な社殿が見える。

 

本殿の沖約200メートルに立つこの大鳥居、高さは16㍍、幅24㍍。朱塗りの木造鳥居としては日本最大。重さ約60㌧で、敷石の上に自立している。主柱2本と片側2本ずつの控え柱がある。木製なのに浮力にも波にも負けない重厚な造りだ。

明治8年に建てられた8代目で、9代目は難航しているらしい。主柱は約10㍍、クスノキの一本柱を使っているため、これだけの巨木を国内で見つけるのが難しくなっているという。

大鳥居の額は、沖側は「厳島神社」、神社側は「伊都岐嶋神社」と記されている。潮が引いた後の社殿を見ると、「海底」からかなりの高さがある。潮の干満の大きさにも驚かされる。

災害に強い建物の工夫

厳島神社の詳細は実際に行ってみてもらうことにして、簡単に成り立ちを。ガイドブックやHPによると、創建は飛鳥時代の推古元年(593年)と伝えられている。聖徳太子の時代だ。伊都岐島神社とも呼ばれており、背後の弥山(みせん)を含めて島全体が神域で、世界遺産に登録されている。

平安時代末期の1168年に平清盛の援助で佐伯景弘が現在のような海上神社として造営し、平家一門の信仰を得て発展した。1168年の造営された社殿は平安時代の貴族の建築様式の寝殿造り。一門が納めた「平家納経」もよく知られている。

その後は戦国時代に毛利氏、豊臣氏なども庇護。現在の社殿は、1571年に毛利元就が改築したものだという。

海から上がって社殿に戻る。東西回廊が交わる中央の社殿は、奥から海に向かって、本殿、拝殿、禊殿、高舞台、平舞台と縦に並んで海に向かって伸び、桟橋のような突端は青銅製の燈籠があり、火焼前(ひたさき)と呼ばれている。

 

厳島神社を訪れたことがある人は、ここから大鳥居、社殿に向かって写真を撮ったことがあるのでは。

国宝にもなっている東西の回廊が特徴的だ。幅4㍍、総延長は275㍍あるという。床板には隙間があり、海の水が上がってきたときに床は水浸しになるが、建物自体にかかる圧力を軽減する役目をもつ。

77年当時、社殿の様子

災害に見舞われやすいことを承知で海の上に建てただけに、被害を最小限にとどめ、壊れたらそこだけ直せばいいという潔い発想だ。

これまで台風などで何度も被害に遭っているが、多くは九州を通る台風の東側に当たる際に強い南からの風が吹き込むことで起こっているという。背後(南側)にある弥山が防御し、北西側の入り江に向いて建てることで被害を和らげているように思える。

社殿の建物を結んでいる回廊に釣灯篭がぶら下がっているのも、床に明かりを置かない水対策なのだろう。本殿前に広がる平舞台では、ちょうど古式ゆかしい装束で結婚式が行われていた。

「西回廊」を通って、最後に「能舞台」を見た。現在のものは1680年につくられたもので、海上にある能舞台としては国内唯一。1991年の台風で損壊したが、完全に修復されていた。

何事もなかったような松の緑が、ほぼ赤で塗り尽くされている社殿の中でひときわ目を引く。写真をあまり撮っていなかったが、何度見ても稀有な建物だと感じる。

1996年登録

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