宗廟(韓国)

ソウル市内仁寺洞~宗廟

 

ソウル仁寺洞(インサドン)の奥まったところにある古い民家に宿泊した。1日1組、離れに泊めてくれる。値段は日本のビジネスホテル並みで朝食付き。東京五輪でも民泊が可能になった。安全面の問題はあるが、が、一般家庭に泊まるのは楽しさもある。幅広く外国人を受け入れる仕組みはいいことだと思う。

その家からブラブラ歩いて行ける所に「昌徳宮」や「景徳宮」、そして朝鮮歴代王と王妃の位牌を祀る「宗廟(チョンミョ)」がある。2015年、行ってみた。

日本語もあるガイドツアーが基本

宗廟では、開館している曜日のうち、土曜日以外はガイド付きツアーでしか入れない。日本語ツアーも1日8、9回あるので、予約をして行った。入場料を含めて1000ウォン。集合時間に合わせて宗廟の門の前に行った。

窓口で日本語ガイドブック(500ウォン)を買って、ガイドと中に入った。真ん中に細い石で縁取られている3本の石畳の道がみえた。

真ん中は「神路」といい「魂が通る道なので入らないでください」と、注意事項がある。右は王が通る「御路」、左は世子(王の後継者)が通る「世子路」という。

「香大庁」という建物群の前を通る。祭礼に使用する礼物を保管する場所と、祭祀をつかさどる執事官が待機、斎戒する場所。中には入らずに、前を通り過ぎるだけだった。

香大庁

次に「斎宮」に入った。王と王位継承者の世子が祭礼の準備をした場所だという。正面が王のための「御斎室」、向かって右(東側)が「世子斎室」で、左(西側)が「御沐浴庁」という建物になっている。建物に向かって神路がついている。

ここで衣冠を着けた王と世子が向かうのが「正殿」。歴代王室の神主(位牌)が祀られている。門が3つあるが、斎宮から一番近い東門へ。門のところには「典祀庁」という祭祀料理をする建物群がある。

典祀庁

「当時はあまり火を使わない料理が主で、米など穀物、牛や豚の生肉、キムチ、季節ごとの果物などを使っていました」(ガイド)」。

朝鮮王朝歴代王が功績によって祀られる

正殿の敷地内に入る。遠めなので低く感じるが、非常に細長い建物だ。月台という石壇の上に建っている。正殿にはもちろん入れない。

「月台が広いのは、ここで祭礼をやって踊りなどを見せた」とのこと。月台の下を回るように正面に向かい、南門の内側にきた。この門は神門で魂の出入りに使われるという。

宗廟は朝鮮を建国した太祖(李成桂)がソウルを都とした際に、宮殿より先にまずこれを建て、1395年に完成した。先祖4代を祀ったのが始まりという。儒教思想と風水によってこの地に建てられたという。

儒教では、人は死ぬと「魂(こん、精神)」と「魄(はく、肉体)」に分かれ、魂は天に、魄は地に帰る。魂を祀る祠堂(宗廟)と、魄を祀る墓(陵)を造って崇拝する。

最初は西側(向かって左)の建物だけだったそうだが、祀る神主が増えるに従って東側へと増築されたため、細長い建物になった。今は東西101㍍ある。西側が上位で、一番西側には太祖が祀られている。

正殿には歴代王の中でも特に功績があった王19人と王妃(正室)30人の神主49体が祀られているという。

そのほかの神主(王や王妃)は、隣にある「永寧殿」に祀られている。正殿西門から出てすぐにある。増築しても正殿だけでは足りなくなり、1421年に新たに建てられた。

正殿と造りは似ているが、真ん中が短いためだろうか、メリハリがある。ここは中央が先に造られ、東西に増築していった。

中央には太祖の先祖4代ら、合わせて34体の神主が祀られている。正殿と永寧殿を合わせて「宗廟」という。

豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄の役)の際に焼失したが、1608年に再建され、現在に至っている。

両殿とも、内部は神室という部屋に分かれていて、各部屋にそれぞれ王と王妃が祀られている。正殿は19室、永寧殿は16室ある。

ゆっくり案内してもらって2時間ぐらいだった。静かな雰囲気の中で見て回ったが、行くなら世界無形文化遺産になっている「宗廟祭礼」に合わせるのがいいかもしれない。かつては年5回(各季節の初めと師走)に行われていたが、今は年1回。毎年5月の第一日曜日の昼間に行われる。

1995年登録

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