コトルの自然と文化歴史地区(モンテネグロ)

ドゥブロヴニク~コトル

 

「モンテネグロの秘宝」と呼ばれる、中世の街がある。アドリア海の入り江に面した街に、2009年、行ってみた。

クロアチアのドゥブロヴニクから日帰りツアーに参加した。クロアチアとモンテネグロの国境を越え、一方が崖、一方が海のくねくねした海岸線の道を行く。ついていないことに、途中から大粒の雨模様の中、コトル湾の奥にある古都コトルについた。

街の背後の山に見えるものは

駐車場から歩き出すと、堀? 川? の向こうに高い城壁が見えてくる。水の色がきれいだ。

反対側にはさほど大きくない港に、不釣合いの大型客船が停泊している。地中海やアドリア海のクルーズ船の停泊地になっている観光名所でもある。

「雨なので観光客が少なくていいかもしれません」とガイド。その通り、入場する西門はガランとしていた。

門をくぐって、旧市街に入る。すぐ広場になっていて、中世のきれいな建物がぐるりと囲んでいる。傘が邪魔だが、ガイドの言うとおり、ほとんど人はいない。

ついでに、いつもなら広場や路上に出ているであろうオープンカフェやレストランのテーブルやいす、パラソルもしまわれ、にぎやかさがほとんどないのはちょっと残念。瀟洒な建物の間をつなぐ路地はさすが旧市街、狭くてやっぱり傘は邪魔だ。

 

コトルは古代ローマ時代の紀元前2世紀ごろに街がつくられ始めた。535年に要塞が築かれ、都市国家となった。15世紀以降はオスマントルコの進入に備えて城塞化。戦争にあうことなく、中世の街がそのまま残ったという。

「山の上を見てください。城壁がつくられています。万里の長城のようでしょう」とガイド。確かに規模は小さいが、山腹や尾根伝いに長城のような城壁が作られている。

写真を撮っていたら急にカメラが動かなくなった。ついていない。雨でやられたかと心配になったが、とりあえず、当時ガラケーの心もとないカメラで撮り始めたので、写真の出来についてはご容赦を。

 

中世の街の残る教会群

「聖トリフォン大聖堂」に向かった。時計がついた大きな2つの鐘楼が目を引く。下から写したが、フレームに入りきらなかった。

1162年創建の大聖堂で、1667年の地震で鐘楼が倒壊。再建の途中で左側の鐘楼はまだ未完成だという。

中に入る。キリスト像の前に棺がある部屋に案内された。この街の守護聖人トリフォンの亡がらが安置されていた。

聖トリフォンの亡骸

細い路地をくねくね歩いて着いたのが「聖ニコラ教会」。この場所にあった修道院が火事で焼失し、その上に建てられた。

完成は1909年と、旧市街では新しい建物だ。理由は分からなかったが中に入れなかった。入口に赤いひもが渡されていた。修復というほど年代ものではないような気がするが。

すぐ近くに「聖ルカ教会」がある。こちらは1199年創建。2階建ての3つの鐘が最上部にあるが、こんな形は初めて見た。鳴らすところ見たい気がする。

ぐるっと回っても2、3時間あれば見所は押さえられるような小さな街。登れるという背後が山、目の前に海が広がり、両側を川や堀で囲まれた、いわば天然の要塞。防御施設も完備していたおかげで、現在まで当時のままの姿で残った。

「秘宝」と呼ばれるのが分かる気がする。西門の広場に戻った。雨が降り続いていたので、集合時間までオープンカフェとはいかなかったが、雨宿りに入ったカフェは、中世の建築でいい雰囲気の時間を過ごせた。

1979年登録

  1. この記事へのコメントはありません。

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。