ヴァチカン(バチカン)市国 ヴァチカン(バチカン)美術館

ラファエロの間・コンスタンティヌス の洗礼

サン・ピエトロ大聖堂の元になったバシリカを建てたローマ皇帝コンスタンティヌス1世の生涯が描かれている。「コンスタンティヌスの寄進状」は見られたが「十字架の出現」「ミルウィウス橋の戦い」は足場に隠れていた。

ラファエロの間・コンスタンティヌス の寄進状

第2室は「ヘリオドロスの間」。キリスト教の歴史書の1つ「マカバイ記」にあるヘリオドロスの物語を描いた「ヘリオドロスの神殿からの追放」の絵から部屋の名前が付けられたという。

ラファエロの間・ヘリオドロス神殿からの追放

「大教皇レオとアッティラの会談」は、法王レオ1世とフン族の王アッティラの停戦交渉を描いている。黒い馬に乗ったレオ1世の隣に黒い服を着たラファエロ自身が描かれているという。

ラファエロの間・ヘリオドスの間レオとアッティラ会談

「ボルセーナのミサ」はミサの最中にパンから血が流れたという奇跡の説話が題材になっている。

ラファエロの間・ヘリオドスの間ボルセーナのミサ

「聖ペテロの放免」では、ペテロの釈放の様子を描いている。「ラファエロの間」は1508年に法王ユリウス2世が自分の部屋を装飾するフレスコ画のために、ラファエロを指名し、弟子たちとともに24歳から亡くなる37歳まで4部屋を描き続けた。完成は見られなかった。


さて、第3室がもっとも有名な「署名の間」。法王が書類に署名した部屋からついたという。見たかったものがある。「アテネ(アテナイ)の学堂」。たぶん、歴史で習ってみたことがある人も多いだろう。

ラファエロの間・署名の間アテネの学堂

古代アテネの哲学者が一堂に会しており、中央に天を差すのがプラトン、地を差すのがアリストテレスとされている。


ここには哲学者の姿でラファエロと同時代に人を描き込み、プラトンはダ・ビンチ、手前で片ひじをついているヘラクレイトスはミケランジェロとされ、本人も右端に黒い服で少し隠れて描かれているそうだ。

「聖体の論議」は、ラファエロがこの仕事を引き受けて最初に描いた作品だという。

ラファエロの間・署名の間聖体の論議

「パルナッソス」ではギリシャ神話のアポロンと、詩神で学芸をつかさどるミューズが描かれている。もう1枚「枢要徳」という絵がラファエロの手によるものだという。

ラファエロの間・署名の間パルナッソス山

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