頤和園(中国)

北京~頤和園

日本語読みでは「いわえん」という。清王朝の歴代皇帝が愛した庭園。2002年、行ってみた。
庭園といっても、そこらの「庭」とはレベルが違う。「世界一広い」ことも登録の理由にもなっている通り、総面積は約290万平方メートル。皇居の2倍以上ある。全部見るなら、1日がかりでも難しいかもしれない。

貯水池の機能を持つ大庭園

「東宮門」というところから入った。日本人を含めた外国人観光客よりも中国の人が多かったように思う。まだ登録から日が浅かったからだろうか。
まず「仁寿殿」という建物の前に。ここは20世紀初頭、清王朝の西太后が政務を行ったところだという。


この庭園、元々は12世紀半ばに金王朝が公園を作ったのが起源で、元王朝の時代に貯水池として整備されたという。
明の時代にも少しずつ造営され、清王朝の最盛期を迎えた乾隆帝の時代、1750年から15年かけて大改修し、現在の形になったという。

金といい、元といい、清といい、漢民族ではない王朝に愛された土地柄らしい。人工の昆明湖を中心に3000以上の建物があったというから、庭と言うよりは宮殿に近い。

巨額を投じて清王朝が傾いた

アヘン戦争で破壊された庭園を、西太后が軍事費を巨額流用して修復し「頤和園」と名づけた。軍事費が縮小されたさめ、清王朝滅亡の一因になったとさえ言われているそうだ。すべての建物が残っているわけではないが、主要なものは復元されている。
西太后の居室だった「楽寿堂」の前には銅製の鶴や鹿があり、記念撮影スポットになっていた。ここから昆明湖岸にでられる。


左手に湖を見ながら岸を歩いていくと「排雲殿」とその後ろの「万寿山」という小高い丘の上に立つ「仏香閣」が見られる。


万寿山は高さ約60㍍で、昆明湖を掘った際に出た土を盛ってつくったという。この湖は、演歌「無錫旅情」にも出てくる「西湖」がモデルだという。このあたりが、頤和園の中心部でもある。
麓にある排雲殿の門はきれいな装飾がされている。名前から言うと、雲を振り払うための建物なのだろうか。


昆明湖北岸につくられている「長廊」という、文字通り長い廊下が意外と楽しい。梁や壁面には、彩色画が描かれている。


「蘇州式彩色画」というそうで、723㍍にわたって8000の絵があるという。


中国の歴史の場面や風景、花鳥風月などが鮮やかな色彩で描かれている。歴史的にも価値がある廊下なのだそうだ。


西遊記や三国志などの文学作品の名場面が描かれている。たぶん中国4大奇書(ほかに水滸伝、金瓶梅)の場面も描かれているのだろうか。私もそうだったが、そうした中国文学の好きな人は探しながら見れば飽きないだろう。
それこそ、歩くのに時間がかかる「長廊」になると思う。

湖に浮かばない豪華な船

長廊を抜けると、奇妙な「船」が湖に係留されている(ように見える)。清晏舫(せいあんぼう、石舫)という、船の形をした石造りの建物だ。


湖の中につくられているので、浮いているように見える。ここは平たく言えば「宴会場」だという。「ここで皇帝が外国の要人などをもてなしたといいます。船の形をしていますが、ここから動きません」とガイド。
全長36㍍。大理石で船体部分は造られているが、上部の楼閣が木造で、石造りのような模様にしてあるという、だましのテクニック。見た瞬間は全部大理石だと思ってしまう。


ここから北宮門にでた。主要な建物が集中している昆明湖岸の北側を見たことになる。それでも3時間ぐらいかかった。
昆明湖の南には、南湖島という小さい島もあり、湖岸と結ぶ「十七孔橋」がかかるなど、みどころもある。万寿山は登ることができるので、時間があれば足を伸ばしてみてはどうだろうか。

1998年登録

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