リスボンのジェロニモス修道院とベレンの塔(ポルトガル)
リスボン~ジェロニモス修道院~発見のモニュメント~ベレンの塔
「大航海時代」という世界地図が出来た時代があった。大西洋に乗り出した欧州の国々の中でも、日本とは関わりの深い国がポルトガル。その首都に、大航海時代に築かれた巨大な修道院がある。2015年、行ってみた。
リスボン(Lisboa)は、大西洋に面しているかと思ったら、そうではなかった。大西洋に注ぐテージョ川の河口というか、入江というか、につくられた街。ベレン地区という川に面した西側に、ジェロニモス修道院(Mosteiro dos Jerónimos)が「堂々と」という感じで建っていた。
その威容もそうだが、外壁に刻まれたおびただしい彫刻に見とれていると「ミサとミサの間で、今なら中に入れるそうです。時間がないから急ぎましょう」とガイド。ちょうど日曜にあたってしまったので、中には入れないと言われてきたが、ついている。急いで彫刻だらけの入口から中に入った。
航海の記録を伝える修道院
入ったところが「サンタ・マリア教会」だった。細長い空間で、修道院全体の奥行は400㍍以上あるという。
柱が林立しており、高さは約30㍍。天井の装飾が目に付く。どこかで見たような感じだと思ったが、スペイン・バルセロナ郊外にあったガウディのコロニア・グエル教会に雰囲気が似ている。3倍以上の高さはあるが。
柱と天井の彫刻で、ヤシの木を現しているという。ガウディも柱を樹木に見立てていた。薄暗い教会内、急ぎ足の上、フラッシュ禁止で写真映りが悪いのはご勘弁を。
ガイドが早口で柱に描かれた彫刻を説明してくれた。この修道院は、全体で「世界の情報」を彫り留めて(?)いるのだという。
船には欠かせないロープの彫刻が修道院のシンボルでそこら中にある。そして、航海で持ち帰った世界中の情報を、後に行く航海者たちのために柱や壁に彫刻として残した。
「魚、胡椒、ひょうたん、どんぐり、海藻など、さまざまなものが描かれています」と柱を示しながら説明されたが、彫刻が複雑すぎてどれがどれだか。
わかったのは、航海者たちが出会ってきたインディオ、黒人、東洋人などさまざまな人種の彫刻。デフォルメされてはいるが、特徴を押さえている。写真がなかった時代、特徴だけが記憶に残って強調されたのだろうか。
ジェロニモス修道院は16世紀初め、ヴァスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama)がインド航路を開いたことを記念して、マヌエル1世(Manuel I)によってつくられた。
ガマが航海に出発したのは1497年。アフリカ大陸西側伝いに喜望峰を回り、インド洋へ出てインドに到達し、2年後に帰国した。
その前にはポルトガルに資金援助を断られたコロンブスがスペインから航海に乗り出して米大陸(海域)に到達している。
建設資金はインドの胡椒
詳細は他に譲るとして、ガマが開いたインド航路による交易、特に胡椒はポルトガルに莫大な利益をもたらした。大航海時代のハイライトでもある。
といっても、これは航海に乗り出した方の見方で、やってこられた方にとってはその後の植民地時代などを考えると迷惑だったかもしれない。大航海時代に対する歴史的評価も変わりつつあるようだ。
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