ラパ・ヌイ国立公園(チリ)

失われたロンゴ・ロンゴ

島を離れる日、マルシェ(市場)に立ち寄った。モアイをつくった先住民が使った文字を「ロンゴロンゴ」(Rongorongo)という。

1722年復活祭(イースター)の日にオランダ提督が島に来て以降、奴隷として連れ去られたり、島外から持ち込まれた天然痘の流行などで1万とも2万ともいわれた島民は、19世紀後半には100人ほどになったという。今は奴隷の子孫らが島に帰ってきて4000人ほどが住んでいる。

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