白川郷・五箇山の合掌造り集落(日本)
学生時代、旅先でのちょっとしたメモ、スタンプや朱印、スケッチなどのためにノートを持っていたが、村上家の当時の当主が記念に、と書いてくれたものをみせた。
現当主は「父が書いたものですね」と懐かしそうに見てくれた。そういえば、この地に伝わる民謡の「こきりこ節」や「麦屋節」に使う筑子(こきりこ=竹の棒)や、板ざさら(板を108枚紐で結び両端を持って打ち鳴らす)の使い方を習った。昔と変わらない村上家での懐かしい光景がよみがえってきた。
五箇山で最大の合掌造り、岩瀬家も当時の当主も、同じようにノートに一筆したためてくれていた。
当時と同じアングルから両家の写真を撮ってみた。こちらも40年近くたっても変わっていない。建てられて300年ほど経っているのだから、当然か。
菅沼から庄川を渡って山を上っていくと、集落と離れて1つ、羽馬家の大合掌造りがある。
もうユースホステルはやめていたが、お邪魔して昔話をしてから、もう1つの集落「相倉合掌集落」に行った。
合掌造りに住んでみる気は?
合掌造りの家が民宿などになっている。その1つに泊まった。夜、かつては庄屋だったという豪邸(合掌造りではなかった)で、麦屋節の保存会の公演があったので、初めてちゃんと聞いた(見た)。
相倉合掌集落は、菅沼よりも規模が大きい。ここには20棟の合掌造りが建っている。1980年には来なかったので、集落内を歩いた。どれも立派な風格だ。
原始合掌造りの家もあり、屋根が地面までついている。縦穴式住居の進化系なのだろうか。
「天狗の足跡」という奇妙な石がある。多くの合掌造りは民宿や土産物店、飲食店になっている。
夜はライトアップされるので、なかなかの風情でもある。行ったのは初秋だったが、いろいろなところに飾られている写真を見ると、観光客としては冬がよさそうだ。住んでいる人は大変な季節だから合掌造りができたのではあるが。
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