ドゥブロヴニク旧市街(クロアチア)
雨宿りのつもりで入ったが、見ごたえがあってけっこう長居した。その甲斐あって、雨が上がった。代わりに、強い風が吹き付けてくる。
ルジャ広場を挟んで宮殿の前に「聖ヴラホ教会」が建つ。18世紀に建て直されたバロック建築で、屋根の一番上に立つ聖ヴラホは街の守護聖人だという。
広場に「ローランド像」という男性の像が立っているので近づいてみよう。
商取引に使われた騎士像
8世紀の騎士の像なのだが、右手が不釣り合いに長い。実は、このひじから手首までの長さ51㌢が、ここでの商取引の基準寸法だった。品物の長さでもめると、ここにきて測っていたという。
古代世界でもひじから手先までの長さを表すキュビットという単位を使っていたというから、体の一部を物差し代わりに使う発想は、どこにでも当然のようにあったのだろう。
この街は7世紀ごろから人が住み始め、中世にはラグーサという海洋都市国家として栄えた。地中海交易の要衝で、商業国家でもあったというから、商売にかかわるものが多く残っている。
広場に面して時計塔とその下には「オノフリオの小噴水」。おばあさんが孫娘(?)を連れて水を汲んでいた。
聖ヴラホ教会の裏手にある「旧総督邸」は、そうした商業、政治の中心。14、15世紀ごろの総督は、無報酬で任期1カ月。その間は総督邸に寝泊まりして外に出ず、ひたすら仕事のみの生活を送ったという。
当時の人は「権力は1カ月あれば腐る」とよく知っていたらしい。そんな「倫理観」は現代ではもう忘れられてしまっているようだ。
建物自体もゴシック建築で15世紀に建てられ、その後ルネサンス建築で補修され、2つ合わさった建築様式という珍しい建物らしい。
その先に「大聖堂」。ドームは修理中だった。
17世紀にバロック建築に立て替えられた。石造りの立派な大聖堂で、中にある祭壇奥の「聖母被昇天」は15世紀にイタリアのティツィアーノが描いた名画だという。
大聖堂ほか、見どころはルジャ広場を中心にまとまっているので、分かりやすい。
城壁から見るオレンジ色の甍の波
最後に、町を取り囲む城壁に上った。思った通りの強風。突風が吹くと、立っているのもやっとの、台風並みの風がアドリア海から吹いてくる。海に面した城壁の下をのぞくと、三角波がすごい勢いで打ちつけている。
街側を見ると、オレンジ色の甍の波に塔が突き出ている。山側に「ドミニコ会修道院」のとんがった塔、海側に修理中の大聖堂が目立つ。
城壁は1周できるので、中世のたたずまいを残す街並みを360度の角度から見下ろせる。
風と闘いながら、4分の3周ぐらいした。
まだ、壊れたレンガなどが積まれたところもある。屋根瓦のオレンジ色が鮮やかなものは内戦で破壊された後に修復された建物だという。
小さな広場では、子供たちがバスケットボールをやっている。NBAにも選手を輩出しているクロアチアらしい光景が戻ってきているということだろう。
この記事へのコメントはありません。