
フエの建造物群・上(ベトナム)

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「五鳳凰殿」と呼ばれる午門の2階に上ってみた。歴代皇帝の金印や装飾品などが展示してある。太和殿の方を見たが、仕切りのフェンスが立てられ、きれいになった屋根ぐらいしか見えなかった。

グエン(阮)王朝の歴史を簡単に。ガイドブックなどによると、1802年から1945年まで、13代150年ほど続いたベトナム最後の王朝。都がフエにおかれた1805年から初代ザーロン(嘉隆)帝が王宮の建設を始めた。中国の影響が強かったが、1887年以降はフランスの植民地支配を受けた。
第2次世界大戦終結後に北部が中国、南部がフランスの植民地となって王朝は消滅、国は南北に分断された。その後はインドシナ戦争、ベトナム戦争を経て、1976年に現在のベトナム社会主義共和国が誕生した。
ベトナム戦争時に王宮周辺は激戦地となり、爆撃などによって多くの建物が破壊された。特に王宮中央部の「紫禁城」と呼ばれた皇帝の政務・生活にかかわる建物はほとんどなくなって、周囲を囲んでいた回廊だけが残っている。ちなみに、グエン王朝の皇帝の名前や建物の名称などは、漢字に置き換えられる。

2つの戦争を経て生き残った建物を見て歩く
地図を頼りに、20ほど残っているという建物を太和殿からだいたい時計回りで見て回った。残っているという建物も、修復したか、修復中だった。
王宮は周囲2.5km(南北604m、東西620m)とほぼ正方形で城壁に囲まれている。真ん中、西側、東側の3つのエリアに、南北に建物群が並んでいるような感じになっている。

中央エリアの太和殿の裏には官僚の詰め所として武官の「タ・ヴ(左廡)」、文官の「フュ・ヴ(右廡)」という同じような外観の建物がある。左右対称に造られたようだ。

左廡
西側エリアに進んで「チュオン・ドック(彰徳)門」。王宮は装飾が素晴らしい門が多いのだが、その中でも2004年に修復を終えたこの彰徳門は別格。門の形がベトナム式なのだろうか。多くの彫刻と主に花のレリーフが門の壁面を覆っている。


その南側に初代ザーロン帝の父を祀る「フン(興)廟」、歴代皇帝の位牌を祀る「テー(世)廟」などがある。


北へ向かうと、皇太后の住居として使われていた「ジェン・トー(延寿)宮」。1932年に建てられた「ティン・ミン(静明)楼」はフランス・コロニアル(植民地)様式で、ベトナム式の建物とは違っていた。

延寿宮

静明楼
次に東に向かい、ほとんど建物がなくなっている中央エリア北側に修復中の大きな建物が姿を見せていた。「キエン・チューン(建中)楼」で、完成間近という感じだった。
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