◆北海道・北東北の縄文遺跡群(日本) キウス周堤墓(北海道)

新千歳空港~キウス周堤墓

世界的にも「JOMON(縄文)」は日本独自の文化として知られている。北海道と北東北3県に点在する縄文遺跡の中に、独特の集団墓地遺跡が北海道にある。2025年、行ってみた。

新千歳空港でレンタカーを借り、札幌に向かう途中に千歳市にある「キウス周堤墓群(Kiusu Earthwork Burial Circles)」に寄った。2021年の世界遺産登録直後に行ったときは、まだ遺跡観光の整備などはほとんどされていなかったが、4年経って駐車場の受付用のプレハブ小屋が立派なガイダンスセンターになるなど、観光客を迎える態勢ができてきたようだ。

中には遺跡の説明や出土品の展示もあるので、見学の先でも後でも、見たほうがいい。ガイダンスセンターに入って無料ガイドのことを聞くと、平日だったからかすぐに対応してくれたので、先に遺跡を見にいくことにした。

当初は砦跡とみられ、道路で分断された

まずは聞きなれない周堤墓について、ガイドの説明やいくつかもらったパンフレットから簡単に。このキウス周堤墓群は、縄文時代の終わりごろ(縄文時代後期後葉)、約3200年前に造られた独特な集団墓地。地面に大きな円形の穴を掘り(竪穴)、掘り出した土で竪穴の周囲に土手をつくり(周堤)、竪穴内や周堤上、外縁部に1基から数十基の墓を設けている。墓の位置をどうやって決めたかは分からない。

北東北では円形の縄文遺跡というとストーンサークルがある。墓のあるストーンサークルもあるので、同じような考え方をしていたのだろうか。

散策マップを見ると、墓群の中を国道337号線が走っていて、墓群を2つに分けている。1890年に道路工事が始まった際に発見されたそうで、1901年から調査が始まったが、縄文遺跡とは考えられておらず、当初はアイヌの砦(チャシ)とされ、1930年に「キウスノチャシ」として史蹟に仮指定された。戦後1950~60年代に本格調査が行われて、縄文時代の集団墓とわかり、周堤墓群として1979年に国史跡に指定された。

北海道では周堤墓が72基ほど見つかっているそうで、大きさは通常外径(周堤の外側)が10m~30mほどだが、キウスには外径50mを超える大規模な周堤墓が集まっている。国史跡と重なる世界遺産登録のエリアには、発見された順に1~6号墓、11、12、14号墓の9つが入っている。墓の古い順番ではない。

ガイダンスセンターの横から周堤墓群に入る道が整備されており、順路に従ってガイドと一緒に入った。

縄文時代最大の墓も見にくいのが残念

雑木林の中に遊歩道が整備されていた。まず3号墓の右側を通って外側を大回りに行く。散策マップによると、3号、1号、4号墓の順に横を通っていく。4年前に来た時にはなかった説明板なども整備されてきている。

「木が密集していて、大きな穴がある、というぐらいにしか思わず、当初は遺跡とは気づかなかったようです」とガイド。確かに、どこが遺跡なのか、今もよくわからない。森の中に土手のようなものがあって、その向こうが低くなっているので、地面に起伏がある、というぐらいにしか見えない。写真を撮って順番をメモしておいたのだが、後から見たらどれが何号墓なのかよくわからなくなっていたので、間違っていたらご容赦を。

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