フェズ旧市街(モロッコ)
強烈な臭いの元は?
またどこをどう通っているか分からないまま、薄暗い細い道に入り、革製品を扱う店に入った。「ここで少し休憩しましょう」。革製品を買ってくれということだろうか。とりあえず、中に入った。
一瞬にして、ものすごい革製品の匂いに包まれた。休憩どころではない。店内を通り抜けて屋上へ。階段で店員が「ガスマスク」といいながら、ミントの葉をくれる。
何のことは分からなかったが、屋上に行くと使い道が分かる。「下に見えるのがタンネリという、皮の染色場です」という。店内の革製品の匂いもすごかったが、屋上に出るとその比ではなく、皮とは違う強烈な匂いがする。
ラクダ、ヤギ、牛などの皮をなめし、染色している。地面に石積みでつくった樽のような容器に色とりどりの液体が入っている。この作業場を「タンネリ」という。
「まず、皮は25日間、水とアンモニアにつけておきます。アンモニアの材料はハトの糞です」という。匂いの元が分かった。
時折、ミントの葉をかがないと、気持ちが悪くなるという。私は感覚が鈍いのか、慣れやすいタイプなのか、すぐに気にならなくなったが「匂いで倒れる人もいます」というから「ガスマスク」もうなずける。
染色樽の染料は「赤はポピー、黄はサフラン、黒はマスカラ、青はコバルトなどを使っています」という。染色が終わると周囲の建物に無造作に干されていた。
迷路に配置された水飲み場
匂いから離れて、またスーク(市場)の中へ。またも細い道を通りながら行く。まったく店などがない道(たぶん住宅)と、店が並んでいる道がある。売っているものもさまざまで、生活のすべてがそろうという。
車はもちろん入れないので、手押し車かロバ。「ロバのタクシーもあり、ナンバープレートもついています」という。お目にはかかれなかったが。
イスラム諸国のこうしたスークをいくつか見てきたが、ここも同じ売り物の店が固まっていることも多い。家具のスーク、布製品のスーク,真鍮のスーク、香辛料のスーク…婚礼衣装だらけの一角もあった。たぶん、2度とたどり着けないだろう。
奇妙な形のロウソクを売っている店を過ぎると、モザイクを施した門があった。「ザウィア・ムーレイ・イドリス廟」の門の1つだった。
9世紀はじめに、フェズのメディナを建設した街の創始者ムーレイ・イドリス2世の墓がある。
こちらも異教徒は入場できないので中をのぞくだけ。フェズの街はムーレイ・イドリス2世の父、ムーレイ・イドリス1世によって収められていた土地だったといい、イドリス2世がここにモロッコ王朝最古の都とした。
王朝の交代などもあって16世紀にいったん首都の座を失うが、18世紀に再び返り咲き、20世紀初頭にフランスの統治下におかれるまで続いた。
道を歩いていて目に付くのは水飲み場。お祈りの際に身を清めるために使うので、いたるところにある。小さくてもちゃんとモザイクで装飾されている。「メディナにはモスクが多いことと、フェズにはきれいな水があるから」(ガイド)という。
その中でも、もっとも装飾性の高い水飲み場があるのが「ネジャーリン広場」。メディナの中でも繁華街? の1つらしい。広場の周囲には土産物やも多く、広場と言ってもさほど広くはないので街の人と観光客でごったがえしていた。ネジャーリンは大工の意味で、木製品の店が多い。
これだけ引き回されていると、一度通った道をだんだん覚えてくる。何度も通る道もあった。ネジャーリン広場からなら、たぶん入ってきたブー・ジュルード門にたどり着けると思う。ガイドブックの地図上からも簡単そうにはみえる。
メディナを出て、バスで高台に向かった。メディナを一望できるという。墓地の間を抜けて、展望所へ。日に照らされたフェズの街は、どういうふうに家が建っているのかよくわからないほど密集している。
ところどころからミナレットが突き出ている。カラウィン・モスクの屋根がイスラムの色、緑色だったのが、ここに来て分かった。
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