日光の社寺・下(日本) 輪王寺&二荒山神社

夜叉門の表側

夜叉門の裏側

夜叉門の彫刻

まだまだ門が続く。本殿の敷地に入るための「唐門」。大猷院廟で最も小規模の門だが、装飾は他を圧している。目立つのが、破風の下には雌雄の鶴が舞い、平桁上には金地の波に白竜の彫刻や獅子頭の彫刻などで飾られている。透明な板で保護されている門扉にも金地板に浮彫と、なんとも豪華だ。

ここをくぐると、すぐに拝殿の入口になる。手前から拝殿・相の間・本殿と連なる独特な造りを権現造りという。見られるのは拝殿(内部撮影禁止)まで。唐獅子の壁画、龍の天井絵なども金色がふんだんに使われているように、たくさんの金箔を使っているため、別名「金閣殿」と呼ばれているそうだ。

拝殿入口

拝殿と相の間(右)の外観

拝殿を出て時計と逆回りに裏に回り込む道がある。拝殿・相の間・本殿も横から外観を見られる。外側の装飾を見て中はどんなにすごいだろうと想像する。祖父に遠慮して規模も装飾も控えめにしたということだが、なかなかどうして、かなりの豪華さだ。

右手前から本殿、相の間、拝殿

進むと最後の門「皇嘉門」がある。明朝様式の竜宮造りで、別名「竜宮門」というそうだが、そんな建築様式があるとは知らなかった。門は閉じられていたが、この中に徳川家光の墓所がある。一応門の前で一礼してから後にした。

勝道上人が開いた山岳修行の日光山

大猷院廟を出て、東照宮の裏参道ともいえる下新道を行くと、東照宮の参道に出て、左に行くと東照宮、右に行くと輪王寺になる。まず東照宮を見てから、輪王寺に向かった。日光山参拝の順路はたぶん、輪王寺⇒東照宮⇒二荒山神社・大猷院なのだろう。輪王寺の裏口に着いた。

いつも通りに「相輪橖(そうりんとう)」が立っている。高さ16mの仏塔で、元々は1643年に家光の発願で、家康の側近で日光山第53世天海大僧正が東照宮の奥院鬼門に建立。内部には仏舎利に見立てた経典が納められているという。大地震のために二荒山神社境内に移築され、明治の神仏分離によって1875年(明治8年)に解体、現在地に移築された。

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