日光の社寺・下(日本) 輪王寺&二荒山神社

本殿の向かい側に「大国殿」。大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀った江戸時代の建物。大黒天と同一視され、招福の神として「招き大国」の絵が飾られている。小槌が置かれていて、願い事をしながら小槌を振るといいそうだ。さらに奥へ行くと霊水が流れ落ちている「二荒霊泉」がある。眼病に効くといわれ、専用のペットボトルを購入すれば持ち帰りできるそうだ。

大国殿内

二荒山神社・霊泉

さらに奥にも神苑は続くが、ここまでにして二荒山神社を出て、すぐ隣にある「大猷院(たいゆういん、Taiyuin Mausoleum)」に向かった。

祖父のために東照宮を造替した徳川幕府3代将軍家光の墓所

大猷院は江戸幕府3代将軍徳川家光の廟所。HP、説明板やパンフレットによると、1651年に死去した際に、後光明天皇から大猷院の諡号を賜った。4代将軍家綱によって1653年に造営された輪王寺の施設で、正式には「大猷院廟」。いつまでも家康に仕えたいという遺志から、祖父が眠る東照宮のある北東向きに建っている。

二荒山神社の大鳥居を出ると、Uターンするように大猷院廟の参道がある。まず「常行堂」という建物が目を引く。848年に慈覚大師円仁によって、比叡山延暦寺の「にない堂」に模して建立された。

純和様の宝形(ほうぎょう)造という珍しい建築様式だそうで、延暦寺とここだけしか残っていないという。隣にある純唐様の法華堂と歩廊で接続されている。そういえば、先に紹介した比叡山延暦寺のにない堂は、常行堂と法華堂をつないだ渡り廊下を弁慶が担いで持ち上げたという逸話から、「担(にな)い」堂と名づけられたということだった。

案内図によると、拝殿に行くまでに門をいくつも通り抜ける。階段も多いので覚悟も必要だ。まず「仁王門」。阿吽の赤い仁王像が置かれている。

続いて「二天門」。きらびやかな彩色を施された持国天・増長天が安置されている。屋根の造りや全体にある彫刻や色遣いなど、祖父家康のために造った東照宮の陽明門っぽいと思える。脚の裏側には風神・雷神像が置かれている。

 

二天門の持国天・増長天

二天門の風神・雷神

「鼓楼」「鐘楼」を左右に見て、階段を上がっていくと、今度は「夜叉門」をくぐる。こちらには門の左右の脚の表と裏に4体の夜叉「阿跋摩羅(あばつまら)、毘陀羅(びだら)、烏摩勒伽(うまろきゃ)、犍陀羅(けんだら)」が、安置されている。その先にある霊廟(れいびょう)を守っているという。門の装飾がだんだん華美になっていくように思えた。

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