
◆古都京都の文化財(日本) 天龍寺
JR京都~JR嵯峨嵐山~天龍寺
かつて「京都五山」の第1位の格式を誇ったお寺がある。「天龍寺(Tenryu-ji Temple)」には以前行ったことがあったが、特別公開の「雲龍図」をみられるというので2025年、行ってみた。
京都駅からJR嵯峨野線(山陰本線)に乗って、嵯峨嵐山で降りた。京福電鉄の嵐山駅が最寄り駅だが、JR京都駅に入ると乗り継ぎが不便なので、寺まで少し歩くがJRを利用した。
10分ちょっと歩くと「天龍寺」の「総門」に着く。枝垂桜が咲き始めているという掲示があった。行ったのが3月下旬だったので桜は期待していなかったが、温暖化でちょっと得した気分になった。
総門をくぐって、ほぼ一直線の道を行くと途中に「中門」があり、道の左右には小さなお寺が並んでいる。大きな建物の手前が拝観受付になっている。
.jpg?resize=650%2C488&ssl=1)
天龍寺の拝観は、庭園と諸堂(大方丈、書院、多宝殿)は別で、庭園を散策するだけであれば庭園拝観(行ったときは500円)だけでいいが、大方丈など諸堂の中を見たい場合はチケット(同300円)を追加購入する。

大方丈から眺める庭園
諸堂への入場はまず庫裏から。入ると大きな達磨が迎えてくれる。達磨に見られながら奥に入っていく。

庫裏の隣の大方丈の外側の廊下を時計回りに歩き、回り込んだところで庭園が目の前に広がっている。まず目に入るのは大きな「曹源池」。大方丈の廊下に座って、ゆったりと眺めるのがいい。
-1.jpg?resize=650%2C488&ssl=1)

天龍寺は、パンフレットやHPによると、1339年に足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うために、夢窓疎石(国師)を開山として創建した。夢窓国師は尊氏の弟の足利直義とともに、元寇で途絶えていた元との貿易を天龍寺船で再開し、資金を調達して1343年に七堂伽藍を完成させた。

以後8回にわたって大火などで焼失、再建を繰り返してきた。最後は明治維新の際、1864年の蛤御門の変で、敗れた長州藩の陣だったため薩摩藩の砲撃に遭って焼失し、建物の多くは明治、大正、昭和初期に再建されたものだ。


大方丈は1899年(明治32)の再建。同寺では最大の建物で、畳が敷かれた内部の部屋は広々としている。内部には立ち入れないが廊下から中を見られ、ふすまには龍が描かれている。


隣が書院(小方丈)。1924年(大正13)に再建された。来客の接待や法要などに使われているという。ここから渡り廊下になる。屋根付きなので、雨でも問題ない。右手に「祥雲閣」などの建物を見ながら「多宝殿」に向かって登っていく。


祥雲閣
総門に「枝垂桜咲き始め」とあったが、多宝殿の前に立派な枝垂桜があるのが渡り廊下から見える。その木は七分咲きぐらいだろうか。

登りきったところが多宝殿。後醍醐天皇を祀る祠堂で、1934年(昭和9)に造られた。中には後醍醐天皇の像が安置され、両側に歴代天皇の尊牌が祀られている。
この記事へのコメントはありません。