ミーソン聖域(ベトナム)

ホイアン~ミーソン聖域~ダナン空港

カンボジアのアンコール遺跡に、隣国の「チャンパ王国」という国と戦争をしたレリーフが刻まれていることを以前紹介したが、そのチャンパ王国の遺跡がベトナムにあるので2023年、行ってみた。

旧友5人とベトナム中部を周り、最後の日にホイアンから「ミーソン(MY SON)聖域」を見て帰国することになった。ミーソン聖域は交通不便で行きにくいので、旅行会社で車をチャーターするか、現地ツアーに入るか、タクシーと交渉するかという選択になるだろう。

ミーソン経由で空港までチャーターした車で、ホイアンのホテルから1時間ほどで着く。入場券を買って、音声ガイドを借りようと思ったら、アプリをインストールできない。携帯が古いから、と観念した。道順が書いてあるパンフレットと、遺跡にある説明板が頼りだ。

 

赤レンガを積み上げて作られた建物の遺跡

入口のアーチをくぐっていくと、電気自動車が止まっていて、遺跡近くまで運んでくれる。5分ほどで売店やレストランがある乗降場につく。ここからは歩きになるが、遺跡にはトイレがないというので、ここで済ませて行こう。

ジャングルや周りの山を見ながら一本道を歩いていくと、10分かからないぐらいで右手に最初の遺跡が現れる。「Hグループ」の遺跡になる。

ミーソン遺跡全体では、遺跡の固まり(グループ)ごとにアルファベットが振られていて、パンフレットには抜けもあるがA~Nまである。「見学できる遺跡グループ」ということか。

崩れかけた建物を囲むように巡らせた壁などの基壇があり、赤いレンガを積み上げて作っている。レンガのサイズは日本で普通にみられる赤レンガよりちょっと大きい感じ。角がしっかりしているレンガもあるが、新しい感じなので修復に使われたものだろう。

ここからすぐのところに無料で民族舞踊などを見せる「パブリックハウス」を中心とした一角があり、トイレもあった。入場券売り場で「10時からダンスがあります」と言われていた。まだ20分ほど時間があったので、すぐ先に見えている遺跡を見にいった。そこが、遺跡のメーンとなる「BCDグループ」だった。

説明板などから、ミーソン聖域について簡単に。2~14世紀に現在のチャム族の祖先によって中部ベトナムに栄えたチャンパ王国の遺跡。7~13世紀ごろに造られたヒンドゥー教の聖域になっている。歴代の王が寺院を建ててきた。BCDグループは10世紀ぐらいのものだという。

チャンパ王国は、隣国カンボジアのアンコール王朝といつも戦争になっていたという。15世紀にこの地の王朝が滅亡後ジャングルの中に埋もれていた。20世紀の初めにフランスのアンリ・パルマンティエによって発見・発掘され、現在あるようなグループ分けをしたという。フランス植民地時代に石像(特に頭部)などが盗まれたり、ベトナム戦争では南ベトナム解放民族戦線の拠点だったため、米軍の爆撃によって多くの建物が破壊された。

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