日光の社寺・下(日本) 輪王寺&二荒山神社

東武日光駅~世界遺産めぐりバス大猷院・二荒山神社前~東照宮~輪王寺~世界遺産めぐりバス勝道上人像前

 

日光(Nikko)には何度か行ったことがあったが、天気や時間的なこともあってこれまで「東照宮(Toshogu Shrine)」と「輪王寺(Rinno-ji Temple)」しか見ていなかった。あらためて「二荒山(ふたらさん)神社(Futarasan-Jinjya Shrine)」を含めた二社一寺の主要部分をひと回りしてみようと2026年、行ってみた。

前回の上で東照宮を紹介したが、先に行ったのは二荒山神社。JR日光駅から出る世界遺産めぐりバスに東武日光駅から終点(折り返し点)「大猷院・二荒山神社前」に向かった。平日だったが、最近のインバウンド需要で、東武日光駅の停留所はほとんど外国人で長蛇の列。満員のため予定のバスに5人手前で乗れず、次の10分後のバスに乗った。

1200年以上前に造られた日光山始まりの神社

大猷院・二荒山神社前で降りると、すぐ先が二荒山神社になる。参道に入り「大鳥居」を通り抜け「神門」をくぐると、本社の前に出る。

二荒山神社・神門

二荒山神社について、HPや説明板、パンフレットなどから。後述するが、日光一帯(日光山)を開いたのは下野国生まれの僧、勝道(しょうどう)上人で、766年に四本龍寺を建てたのが始まりという。当時盛んだった観音信仰の下で上人は男体山の頂上に観音様の浄土があると考え、782年に登頂して山頂に小さなほこら(現日光二荒山神社の奥宮)を建て、790年には本宮神社を創建したのが二荒山神社のはじまりとされる。

社名の由来は、上人が男体山を観音様の霊地「補陀落(ふだらく)山」と考え、「ふたら(二荒)山」に転じたという。本社は男体山、女峰山、太郎山の日光三山を御神体としており、拝殿、渡殿、本殿で構成される。拝殿でお詣りしたが、その先は入れない。

拝殿に向かって左手に「神苑入口」がある。300円の入場料を払って中に入る。左手に赤い社殿の「日枝神社」、金色の神輿が収められている「神輿殿」が続き、右手に高野槙の巨木、「化(ばけ)灯篭」という変わった名前の灯篭がある。化灯篭は1292年に地域の有力者・鹿沼勝綱が寄進した青銅製の灯籠で、夜に火をともすと化物のように見えたことから名づけられたという。江戸時代には夜間見回りの武士が灯篭の明かりをお化けと思って切りつけたとされる傷が残っている。

化灯篭

先に進むと右に本殿の屋根が見える。この建物は1619年に江戸幕府2代将軍徳川秀忠が寄進した、日光山内に現存する最古の建物で、唯一建造当時の姿をとどめているという。

屋根しか見えないのが残念だが、塀伝いに右横に回り込むと「神様に一番近い参拝所」という立て札。本殿全体をみられる訳ではないが、拝殿より本殿に近い場所ということだろうか。どこに向かって参拝すればいいかわからなかったが、もう1度手を合わせた。

  1. この記事へのコメントはありません。