
日光の社寺・下(日本) 輪王寺&二荒山神社

「護摩堂」の前を通って「三仏堂(本堂)」に向かう途中に、相輪橖の解体修理についての説明があった。2020年から行われた146年ぶりの保存修理と耐震補強工事が2022年に終了。橖内には言い伝え通りに鏡や銅箱、そして経典などが収められていたそうだ。以前は黒々としていた印象があるが、今回は金色の装飾も鮮やか。20年前の写真と比べてみた。

相輪橖と護摩堂(奥)

2006年当時の相輪橖と護摩堂(奥)
三仏堂の裏から正面に回った。全国でも数少ない天台密教形式で、幅約33m、奥行約22m、高さ約26mと、東日本ではもっとも大きな建物だという。平安時代に日光山内北側に慈覚大師円仁によって創建され、江戸時代に二荒山神社境内に移築後、1645年に家光によって現在の建物に造替された。相輪橖と同様に1881年に神仏分離で現在地に移築されたという。これだけの建物の移築は大変な作業だっただろう。

拝観券を買って中に入った。内部の撮影は禁止。本尊は阿弥陀如来(女峰山)、千手観音(男体山)、馬頭観音(太郎山)の日光三山の本地仏の三仏で、高さ7.5mの座像。東照三所権現本地仏(薬師如来・阿弥陀如来・釈迦如来)という掛仏の三尊仏も本尊として祀られており、三仏が2組あるそうだ。

拝観券で「宝物館」と庭園の「逍遥園」にも入れるので、世界遺産めぐりバスの時間待ちを兼ねて入った。三仏堂に向かって広場の右手に大きな桜の木がある。樹齢約500年の「金剛桜」という天然記念物。温暖化とはいえ、3月下旬ではまだ咲いていなかった。逍遥園では梅が満開だった。

逍遥園

バス停に向かって歩いて輪王寺を出たところに、日光山を開いた勝道上人の銅像が立っている。いつもはこの上人像を見て、輪王寺から東照宮へ、という順路だった。後先になってしまったが、日光山は766年(天平神護2年)に勝道上人によって開山。鎌倉時代に一大霊場として山岳修行の場になった。江戸時代に徳川家康の側近天海僧正(慈眼大師)が住職となり東照宮などが建立され、家光の大造替で現在に残されている。主な建物などを見てきたが、上人が最初に建てた「四本龍寺」や、上人の墓がある「開山堂」など、まだ見ていない日光山の始まりの地なども輪王寺として世界遺産に登録されている。
1999年登録
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