シラクーサとパンタリカの岩壁墓地遺跡(イタリア)

 

装飾や彫像で飾られた正面のファサードで、印象的なのが巨大な柱。ギリシャ建築をうまく転用したようだ。ファサードの上部中央には幼いキリストを抱いたマリア像が飾られている。

中世の色が濃い広場からメーンストリートをぶらぶら歩いて行くと、今度は古代ギリシャ時代になる。大きな交差点にある広場にギリシャ時代の神殿跡がある。「アポロ神殿(Tempio di Apollo)」だった。

1930~40年代の都市整備で中世の建物を取り除いたところ、神殿遺跡が姿を現したという。紀元前6世紀ごろのもので、シチリアのドリス式神殿としては最古の神殿跡。こうした古い街には何が埋まっているかわからない。

「アルキメデスの原理」発見に貢献した王

橋を渡ったところの広場に銅像があった。なんとなく見たことがあるような人だ思ったら、古代ギリシャの有名な数学者アルキメデス(Archimedes)。シラクーサ生まれで、シラクーサがカルタゴと同盟して古代ローマと戦った第2次ポエニ戦争では、凹面鏡で光を集めて敵の軍船に当てて焼くなど「新兵器を考案してローマ軍を苦しめた」(ガイド)という。街がローマ軍に征服された紀元前212年に、助命の指示が出ていたが、アルキメデスと気づかなかったローマ兵に殺された。

オルティージャ島を出て、バスで新市街を抜けて「ネアポリス考古学公園(Parco Archeologico della Neapolis)」へ。ここにはギリシャ、ローマ時代の遺跡がある。周囲には切りそろえられたような岩壁がのぞいていて、かつては石切り場だったそうだ。

 

公園に入ってすぐの左手に、巨大な石段がある。「ヒエロン2世の祭壇(Ara di IeroneⅡ)」で、ギリシャ軍の司令官からシラクーサの王になったヒエロン2世が紀元前3世紀ごろに造った。短辺22.8メートル、長辺198メートル。ヘレニズム時代では最大の祭壇だという。建物があったそうだが、16世紀にスペイン人が破壊してしまったという。

ヒエロン2世はアルキメデスと親せきで、ある時、職人に作らせた金の王冠に銀が混じっているのではないかと疑い、相談を受けたアルキメデスが思案しながら風呂に入ったときに湯船から水があふれ出ることをヒントに「アルキメデスの原理」を発見した、という逸話が残っている。

「走れメロス」に登場する暴君の耳

入口から見えた切りそろえられた岩壁の下に行く。シラクーサの城壁のための石切り場だったそうで「天国の石切り場」と呼ばれているところには、巨大で細長い洞窟の入り口のようなものが開いている。「デュオニシオスの耳(Orecchio di Dionisio)」と名付けられている。

中に入る。暗いが広い。石を切り出した後にここは政治犯などの収容所になっていた。天井には小さな穴が開いているそうだ。

デュオニシオス1世(DionysiusⅠ)は紀元前5~4世紀にシラクーサを支配していた専制君主。シラクーサが舞台の太宰治の小説「走れメロス」に登場する、人を信じられない暴君ディオニスのモデルになっている。

  1. この記事へのコメントはありません。