
古都京都の文化財(日本) 東寺
JR京都駅~東寺
京都市を東西に走る東海道線の南側、洛南と呼ばれる地域に弘法大師空海にまつわる世界遺産「東寺」がある。
東京から新幹線で行くと、JR京都駅の左手に五重塔が見える。この塔は何回見たかわからないが、東寺には電車の時間待ちなども含めて4回ほど(1回は外を通って間近にながめただけ)行っている。最近では2015年、行ってみた。
傘を差すか差さないか、迷うぐらいの小雨だったので、京都駅の八条口からぶらぶらと歩いた。15分ほどで東寺の北側にある「慶賀門」に着く。京都駅から歩いて来た場合はここが一番近い入口になる。

門をくぐって細い道を左手に池、右手に駐車場を見ながら進み、拝観受付から中に入る。特に順路の指定などはなった気がする。
目の前にある立派な建物は「講堂」。825年に弘法大師によって着工、835年に完成したが、台風や地震で修理を繰り返し、1486年には一揆で焼失。今の建物は1491年に元々の基壇の上に建てられたそうだ。

国宝の仏像が立ち並ぶ壮観さ
講堂の中は撮影禁止。国宝の仏像が並んでいる。パンフレットに仏像の配置が書かれている。真ん中にある大日如来を中心として五智如来、五菩薩、五大明王、四天王、梵天、帝釈天の21体(うち16体が国宝)が「立体曼荼羅」(密教浄土の世界)を表現しているという。

略年表によると794年に桓武天皇による平安京遷都による街づくりで、南からの入口の羅城門の東西に東寺、西寺が建てられることになった。796年に造営が始まり、弘法大師が806年に唐から帰国後に東寺を賜り、建物の本格的な造営が始まった。教王護国寺が正式名称という。足利尊氏、織田信長、豊臣秀頼、徳川家光らとかかわりながら、今に至っている。
ちなみに東寺と対称に造られた西寺は13世紀に焼失後、廃寺になって今は西寺跡のみが残っている。

講堂の隣に「金堂」がある。1486年に焼失したが、豊臣秀頼の発願で再興。1603年に完成し、建物自体が国宝になっている。

内部は撮影禁止。ここには薬師如来、日光・月光菩薩の薬師三尊と十二神将が守るように配置されている。

京都のシンボルタワー五重塔の初層を見られる
先に進んで左手に立つのが、東寺のシンボルで国宝「五重塔」。新幹線から見たことがあるだろうか。京都に来た人を出迎え、見送ってくれる。創建から1200年たった今も、東寺は京都の玄関を担う建物になっている。

高さ55メートル。現存する古塔では日本で最も高い。826年に弘法大師によって造営が始まって883年に完成したが、落雷などもあって4度焼失し、現在の5代目は、1644年に徳川家光の寄進によるものだという。

木材を組み上げて作られており、くぎなどによる固定は最小限に抑えている柔構造というそうで、建物の真ん中を貫く「心柱」を中心に揺れを吸収し、地震に強い耐震構造を備えている。京都も何度か大きな地震に見舞われているが、地震で壊れた記録はないという。

大学時代に初めて東寺に来た時、「京の冬の旅」という、通常公開しないところを見せてくれるイベントが行われており、五重塔の初層を公開していた。
撮影はできなかったが、当時のメモによると豪華な仏像が心柱を取り巻き、心柱はひし形の礎石の浅いくぼみに四角い柱がのっているだけの構造で、びっくりした思い出がある。HPによると、心柱が大日如来で、その周りを4尊の如来像、8尊の菩薩像が囲んでいるという。
2026年の「京の冬の旅」(1~3月)でも特別公開されているので、目にするチャンスだ。
出口(入口)に近くには国宝の「御影堂(大師堂)」という弘法大師の住房がある。1379年に焼失して翌年再建されたので、大師が実際に住んだ建物ではない。内部は撮影禁止だった。
この記事へのコメントはありません。