◆北海道・北東北の縄文遺跡群(日本) キウス周堤墓(北海道)

5,12号墓

4号墓半分

4号墓半分

遊歩道からはほぼ真横からの見る形になるので、周堤にさえぎられて、周堤墓の内部がどうなっているのかよく見えないのが残念。函館の五稜郭タワーから五稜郭を見下ろすように、というのは林があるので難しいだろうが、周堤墓の横に木で邪魔されない程度の少し高い台があれば、よりはっきりと堤と穴の様子を見られるのに、と思った。

副葬品で死者を弔う風習が始まっていた

ガイダンスセンターに戻って、展示物を見学した。周堤墓は集団墓地なので、穴を掘って遺体を収める土抗墓の墓穴はたくさん見つかっており、周堤内だけではなく、外側にも広がっているという。

1号墓からは墓標とも思える石柱、2号墓からはベンガラ(赤い顔料)が残った石皿、4号墓の外側からは両端に模様を施した石棒をはじめ、土器、石器、土偶など多くの副葬品が発掘され、同センターに一部が展示されている。

石柱

石皿

石棒

模様が刻まれた石棒

3200年前、もっと以前からだろうが、周堤墓の近くには森のほかに沼地や湿地帯があり、魚や鳥、木の実などの食料に恵まれていたため、多くの人が住み着いていった。キウスはアイヌ語の「キ・ウシ」に由来し「カヤ(萱)の群生するところ」という意味だという。カヤは縄文時代から建物の屋根材などに利用されていた。

周堤墓の埋葬されたのは血縁関係だけではないという。周堤墓を通していくつかの集落が連携し、コミュニケーションをとって、みんなで死者を弔う、という意識がこのころには生まれていたようだ。

2021年登録

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